成仏と往生

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成仏という言葉

仏教では そもそも 死んですぐに成仏はしません
 往生するのです
浄土宗ですと 西方極楽浄土に往生するのです
 阿弥陀仏によって
    西方極楽浄土に往き生まれる・・・往生
南無阿弥陀仏
南無釈迦仏
南無妙法蓮華経
「南無」という言葉の意味
  帰依する 信頼しお願いをする
    委ねる お任せする
南無阿弥陀仏
  阿弥陀様に帰依する
     どうぞ阿弥陀様 お願いいたします
 そんな意味です

 仏壇に向かい手を合わせるのは
     亡くなった人に・・というよりは
 ご本尊さまに向かい 手を合わせて お願いしますという作法
阿弥陀仏がご本尊なら
  阿弥陀様 私の息子をお守りくださいよろしくお願いします
    と 阿弥陀様に手を合わせてお願いをする

仏壇は極楽を表している
   位牌には蓮の花が描かれている
  それは極楽浄土の蓮の台に亡き人が座っているという意味

  阿弥陀様は48の願いをたてて修行され
   誰でもどのような人でもわが名を呼べば極楽浄土にすくい取るという誓いを立て
     もしもそれが叶わないのなら 私は阿弥陀仏とならないという誓いを立てたのです
阿弥陀様が阿弥陀さまとして存在する限り
  どんな人でもお救い下さり 極楽浄土に往生させてくれるのです

 自死だから
    成仏できないとか
      苦しんでいるとか
   いろんなことを言う人たちがいますが
      惑わされてはいけません

人の不安をあおり 本を買わせようとか  お祓いをしようとか
     供養のためといい お金を絞り取る人達です

  そして亡くなった人が信仰がなくても
     生きている遺族が 南無阿弥陀仏 南無釈迦仏 南無妙法蓮華経と唱え
   回向をしてあげるのです
  回し向けるのです・・・功徳を積み回向するのです

    死んですぐ 誰も成仏しません
  往生するのですから

    阿弥陀仏という仏様が存在することを信じたら
       亡き人たちが 西方極楽浄土に往生していると信じられるのです

      信じる事  は  大切です

誰も見たことのないところなら
  金儲けの人たちの言葉ではなく
   阿弥陀様の教えを信じることです

      

喪われた子供のいのちを無視しての論議が続く仙台市

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昨日仙台市議会「いじめ問題等対策調査特別委員会」
   を 傍聴してきました。

「有識者からの聞き取り」という事だったのですが
 有識者(中学校校長・臨床心理士の准教)の講演
一人40分 原稿を読み上げての講演
二人の講演を詳しくメモ

 感想は 折立中学校の調査委員会と
   南中山中の再調査委員会を教育機関側を優位にするための準備

二つの学校の自死の案件は「いじめがあった」ことは
  アンケートなどで公になってしまった
   体罰も表に出てしまった

  ではそのいじめをどのように正当化できるのか・・というのが
  仙台市の考えのようです

いじめられて死んだ子供に責任がある
いじめられて死んだ子供は いじめられても仕方がない子供だったという事らしい
  
発達障害 またはグレーゾーンの子供は
何気ない一言
 いじめではないのに
   いじめられていると感じる傾向がある

 からかっているだけなのに
   過剰に反応する傾向にある
  
しかも 落ち着きがなく
   他の子供たちの迷惑を考えられず
   騒いで、授業にもついてこれない

だから
いじめているのではなく
   いじって  冷やかしているだけ

 授業の邪魔をする子供だから
  腹いせの場合もある

 他の子供とコミュニケーションズが取れないことが問題

周囲ともトラブルが多く
   授業の進行が妨げられる
    
そのような子供は 支援学級に行くのがよい

    普通学級にいるから いじめられる


 いじめられる子供の親もまた 自己肯定ができていない
   子どもへイライラをぶつけている
 問題を抱えている家庭が多い


 10パーセント・・12パーセントの子供が発達障害とグレーゾーンだ
  
だから支援学級や支援施設・精神科機関につなぐ必要がある


 いじめは 発達障害とそれを認めない親の子供(グレーな子供)
   が
普通学級にいるせいだ
  支援学級や支援施設で学べば いじめは起きない
という結論のようだ

発達障害とは生まれつきという認識の校長

体罰(粘着テープを口に何重にも張っての授業)
体罰(げんこつで頭をたたくことが日常的)
これらも
 体罰ではなく指導の範囲
     マスコミが大げさに騒いだせいだ
      過剰なマスコミの取材と過大解釈をしている

   という話しもしていた(市役所)

いじめられている子供は
いじめている子供を友達だと思っている
 しかし
いじめている子供は
いじめている子供を友達だとは思っていない

発達障害だから 友達が欲しくて
   いじめられても くっついていく
  
また
調査委員会の公平性を保つという意味を勘違いしているようです

 本来は 学校側が選んだ人・遺族が選んだ人・半数がベストだと思うのですが

遺族が選んだ委員は遺族目線になるから
  公平な人たちではないという発言があった

   学校側が選んだ委員は 文句なく公平性を保てる人という認識らしい

   学校側が選んだ委員は学校側に優位な解釈になるのではという疑念はないのだ

遺族が選んだ委員だけが遺族側の目線になるのでは・・・という考えは ビックリだった

  だったら  
仙台市と関係の深い仙台医師会や元仙台市の職員の委員は公平性があるのだろうか


   遺族は 教師や生徒を犯罪者にしようとしているのではない
    人間は間違いがある
自死に追い込もうといじめたのではないだろう
  自死に追い込もうと体罰をしたのではないと思う
  でも 
 事実は事実  
いじめた同級生が 体罰をした生徒が 自死したのです

   ごめんなさいと言いましょうよ

もう二度と いじめはしませんと言いましょうよ
  体罰はしませんと死んだ生徒に誓いましょうよ


   喪われた命に謝罪し
  二度といじめや体罰をしないから許してというだけでいいんです

    過ちは誰でもありますが  その過ちを認めて生きなおすことができるか
     過ちを認めず 自分を正当化して生きて行くのか・・・

   人としての生き方が問われるのです

 

一年に一度のフォーラム 10回目は長野です

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 1年に一度 全国から多くの遺族が集い交流を深め
    社会に声をあげるフォーラムです
 
  いろんな人たちに ご参加頂きたいと願っています
 参加費 :無料
申し込み:不要

第10回 全国自死遺族フォーラム

 主催 一般社団法人全国自死遺族連絡会
日時 2017年9月9日(土曜日) 13時30分~16時30分
場所 JA長野県ビル 12階 12A室(JR長野駅徒歩10分)
******プログラム******
第1部 13時30分~ 基調講演 岡知史氏(上智大学教授)
~ 自助グループの定義とわかちあい ~

休憩  14時30分~14時45分
第2部 14時45分~ いじめの自死遺族は訴える
◆青森県八戸市の息子さんを亡くした母親
◆山形県の高校生の娘さんを亡くした両親
◆宮城県仙台市の息子さんを亡くした父親
◆宮城県仙台市の息子さんを亡くした両親

第3部 16時15分~シドニーで開催された自死遺族支援の国際会議の報告
    ◆長野「やまなみ」の前島さん

自助グループ

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 自死遺族の自助グループ

昨年度
「ワンストップ支援における留意点」
 という冊子に掲載した自死遺族の支援について

その中の1項目
::自助グループとの連携における留意点
 自助グループとはその独立性や主体性が維持されないと
  本来の機能や効果が発揮されない
運営も参加者も自死遺族のみであるのが自助グループの基本スタイルであり、
支援者は、独立性や主体性を脅かすような行動や
連携の形態は避けなければならない。
 特に
行政機関や医療機関、支援団体などとの関係においては
 その距離が適切にとれるような配慮が必要である
例えば、行政機関が無料でミーティング会場を提供したり
広報の手伝いをしたりすることは構わないが
 行政機関主催の事業のような広報をしたり
行政機関の職員がミーティングの主催者のようにふるまったりすることは避けなければならない
あくまでも
主体はグループのメンバーであり
支援者は、メンバーの意向に沿って必要な援助をするという姿勢を維持するべきである
  もちろん
支援者や関係者も参加できるオープンミーティングにおいて
 発言を求められた時は、自由に自分の意見や感想を述べることは構わない

  [わかちあい」以外の時間 クールダウンや懇親会・フォーラム・シンポジウムや講演会等々
    様々な時間で交流することは自由である

また「わかちあい」以外の支援が必要な場合は
  もちろん 専門家との連携が必要となる

    「わかちあい」だけ 「自死遺族」だけにしてください
      というのが
  自死遺族の自助グループの基本です

    自死遺族以外に 自死で親しい人・友人知人・・・だけを対象にした自助グループがあってもいいのです
     自死遺族の自助グループではなく
   自死で友人を亡くした自助グループを作り
   自死遺族は入れないという会があってもいいと思います

     恋人を自死で亡くした会を作り
      それ以外の人は入れない  という会があってもいいのです

    それらが 交流することもアリですし
   また交流しない自由もあります

      自助グループは 自死遺族以外にもたくさんあるのです          
   

自死した人と遺族を責める社会

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自死という問題

 社会的要因の改善・・追い込まないように・・という対策
  
・・いじめやパワハラ過重労働・・介護・債務・保証人・精神医療・・・

 いじめのない学校  体罰のない学校
   過重労働やパワハラのない仕事

    介護の孤立化や経済的負担

いろんなことがあって…駆け込む 精神科の治療

   国は自死の多くは追い込まれた末の死である・・として
     国が税金を投入して 県をはじめとして各市町村に
       対策の推進を指導してきた
あれから11年
   
       社会は自死した本人が死にたくて死んだ!
  自死するのを止められなかった愚かな遺族という風潮が根強い

    死んだのは本人の弱さと家族が気付いてやれなかったからだ!と

    本人は死にました  十分苦しんだと思います
 死んだ後まで 世間様に責められる事はないはずです
   死んだんですから・・・

  遺族もまた 苦しんで生きています
    民事裁判は金の要求になりますが
      金なんてどうでもいいんです
生きてさえいてくれたら
   全財産すっからかんになっても 生きていてくれたらいいんです
 金は働けば何とかなりますから
  いのちは
     どうにもなりません

   自死した人も苦しみました
   遺族も苦しんでいます
責任は十分すぎるほど負っていると思います

   だからと言って
     他の要因を問題にしなくていいのでしょうか

   例えば  弱くても 家族が愚かだとしても
   それだけで死にません

自死した人を弱い人という社会に問いたい
   弱い人は生きてはいけないのでしょうか
  
  弱いって 何でしょうか
   強い人ってどんな人でしょうか

     息子は警察官でした
訓練も受けて 忍耐強い人でした
   管区機動隊が長かったので
    要人の警備は  忍耐・・忍耐の毎日でした
私達普通の市民には想像ができないほど過酷だったと思います

   様々な死も見ています
弱かったのでしょうか
自衛隊員の自死も多いようですが
  私たち市民よりも弱い人たちなのでしょうか

  医師や宗教者の自死もあります
    私たち市民より 弱い人たちでしょうか

  最近は子供の自死は
    思春期うつとか発達障害が要因だという事で片づけようとしていますが
    そもそも
     思春期うつや発達障害と自死との因果関係は証明されていません
        そんな研究も論文もありません

   どうしてそんないいかげんな事を言うのでしょうか

   どこまで死者を愚弄したら気が済むのでしょうか

  人を追い込み 苦しませ 死に追いやり
    遺された人をまた追い込み 苦しませ 
     金儲けの道具に利用していく人たち

   自死の問題にかかわって11年
      自死する人たちの気持ちがわかるほど 
社会の人間の 裏の裏の裏 闇の闇を知った

   あまり深く考えると
    この世界に絶望してしまいそうになるから

 心の温かい人たちとの交流が必要
     やさしい人たちもいる

   どうして こんなにやさしい人たちに
    息子は囲まれなかったのか・・・とも思う
   
  いや 周りにいたのに
     気付かないほど 追い詰められた・・・

    そんな気がします