悲しみは薬を飲んでも消えない

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 悲しみが消えるクスリはない
  悲しみが軽くなるクスリもない

 悲しみが薄まるクスリもない

   だから クスリを呑んでもしょうがない

   クスリを呑んで 頭がボーっとしても

      クスリが切れたら また悲しみがある

   悲しみそのものが なくならない限り
      クスリではどうにもできない

     睡眠薬飲んで 寝ても

     起きたら 悲しい

 寝てても 悲しい

     身体全部が悲しいんだから 睡眠薬で寝ても 忘れられない

    不安薬なんて  何の役にもたたない

    そもそも不安薬ってなに!

 不安の緩和って

    ボーっとさせるだけ

 思考の低下
   考える力を弱めるだけ

   悲しみのみ 考える力を緩和することはできない

    思考全体の緩和  低下

  家事はできなくなる

    掃除もしたくなくなる

    人への配慮はできなくなる

衝動的 本能的な 部分だけ残る

     悲しみは 愛している人だから悲しいという感情が生まれる

   こうしても 亡くなっている人はいる

でも悲しみを感じない

テレビや新聞で  亡くなった人の報道があっても

    自分の愛する人が亡くなったような悲しみは感じない

   それが人間

  愛という感情が  悲しみという感情を生み出す

 誰も 一人も  愛する人がいないひとは

   周りで誰か死んでも 悲しみという気持ちはうまれない

    愛という気持ちとイコールなのが悲しみという気持ち

 愛が浅ければ
    悲しみも浅い
           愛が深ければ 悲しみも深い

   深さの表現は  人それぞれ

 ひとりひとり 違う

でも人間は

   悲しくても ご飯は食べる
    悲しくてもお風呂にも入る

 悲しくても 洗濯もする

     悲しくても 仕事もしなければ・・・収入がなくなるから働く

   悲しい悲しい悲しい・・・と 毎日朝から晩まで泣いていても
    お腹は減る

  寝ないで 悲しもうと思っても
   3日過ぎると眠くなる

    トイレにも行く

   時間は必要です

       亡くなったばかりの時と
 1か月後 半年後 1年後
  5年後 10年後  20年後 30年後

   同じではない

   それが人間

時間はいろんな意味で残酷

 遺族は薬は飲んではいけません

 遺族になる前から飲んでいる遺族は  私は医師ではないので何とも言えませんが

 遺族になって  精神薬を飲み始めた人は やめたらいいと思う

 飲んでも 百害あって一利なし

 無駄です

    何の役にもたたない

    遺族の相談を受ける人も
 遺族の悲しみに効く薬はありませんから
    勧めないでください


悲しみもまた わたしのもの 大切な愛

    悲しみが 消えない 自分は 息子を今も深く愛しています
     母として息子を愛する気持ちに誇りを持っています

    悲しみもまた 私の誇りです

息子への愛ですから0bd3dcd7161e6ac340ab8cecfc80fdab.jpg


   

予防と防止と支援

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 自死の予防や防止
支援の内容に 疑問を持ってほしいと思う

   自死の要因はそのままにして

   相談しましょう  SOSを出しましょう

    って
変ですよ

    それは予防ではない

    支援

予防は 要因の排除

    普通の人が 死を考えるほど落ち込まなくてもいいような社会作り

    日本人は 幸福感が少ないといわれる

     子供たちも  幸せ度が低いそうです

    なぜ・・・

 そこが問題です

    物は豊富にある
     でも貧富の差は大きい

    物がなくて買えないのではない
  物はあるが 金がないから買えない

    ピンキリで物がある

いいものはいい
 安いものはそれなり

    たくさん物はなくても生きていける

    価値観 の教育

    人は人  自分は自分
  人と比べない

    自分の価値観を持って生きる教育が足りない

   人と比べ 人と同じ
  人が持っていたら 持ちたい

 人のものがうらやましい
     常に人と比較

 平均的生活  普通の生活
 平均って 誰が基準
 普通って 誰が基準

     人をねたみ  人を蔑み

 人をうらやむ

   どこかの国の大統領が言っていたが
   物は豊富でも
  心は貧しい国・・・

    心が豊かな国では決してない・・と感じる

予防と防止・・支援 の違いも知らず
  自死の問題の専門家を自負する人が多く
    社会も認めている

   自死遺族支援とはなんなのかを考えもせず
     支援の専門家を名乗る人たちがいる

 それを信じている社会

 肩書のある人がいうと 疑問も抱かず  信じる人たち

    なんとなく変だとおもっていても

   流される人たち

    頭脳明晰=いい人ではない

  大学の教授=人格者ではない

 医師=人柄がよいわけではない

    局長=能力の高い人ではない

  文字も読めなくても 書けなくても
 人間としてすばらしいひともいる

    私は育ててくれた母を尊敬している

     学歴はない
          字も書けない人だった
でも
人間としての彼女は
     誰にもまねができないほど すばらしいことをたくさんして生きた

    この国に生まれこの国に育ち
     幸せだった
  と思い 生きてる人たちがほとんどであってほしい

     幸せになるために 生を受けたはずなのに

  苦しみ ~ 人間にとって最大の恐怖である「死」を自ら決行せざるを得ない苦しみを背負わせる社会

      なんとかしたい・・・と 息子が逝き 思い悩んで生きてきた

    これでは 息子でなくても死ぬだろうなぁ・・と思う現実がある

      理不尽で ずる賢い人間ほど認められる社会

      うんざり  時々 吐き気がするときもある
    人間模様に・・・

自死が多いのは 幸せではない人が多いという事
   幸せでない自死遺族も増えるばかり

 幸せを感じない人が 毎年増えて行く

    幸せな人たちが  自死という究極の問題の中心では 見当違いにもなる

  自死という問題に最も近い 遺族が中心となって
問題を提起し
  幸せな人たちが それを受け止めて  予防や防止の対策を一緒に論ずるべきだと思う

   しかし
一向に そんな方向にはいく気配はない
 残念な社会です

息子と 母に会いたい

  今朝息子の夢を見て 起きても息子の気配がしていた

     最近 健一がそばにいる気配が強いのはなぜかな・・・

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怒り

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自殺予防学会の理事長 張先生

自死という表現について

「おのずから死を選んだというニュアンスが強くなり
 事の重大さが隠れてしまうのを恐れる」
から  自殺ということばを使い続けると発言

  自死ということばが自ら死を選んだと感じるとしたら

  自殺はどうなのだろうか

この主張で考えると

   自らを殺したという意味になる
     事の重大性が際立つとしたら
 殺したという・・殺すという文字の影響を考えてみてほしい

 それなら 自死遺族支援  自死遺族の心のケアなどと言わないでもらいたい

 自死遺族が傷つくことばを 使い続け
  自死遺族の心を ズタズタにして
  心のケアなどを語るのは
 
  加害者が被害者のケアをするようなもの

   まずは傷をつけないように・・することこそがケアではないのだろうか

   自死遺族を傷つける言葉や法等の 差別や偏見はそのままにして
  自死遺族が変えてほしいと要望しても
     自分たちの理屈で 反対し 傷つけ

     自死遺族の心は 大変ですね・・・なんて 茶番です
     
    支援とは  自死遺族が求める支援に出来るだけ 寄り添える内容にするものではないのでしょうか

  遺族を散々 傷つけ 
     遺族が求める支援には反対し

   遺族支援をしてますなんて  アホらしい

     そんな言葉で表現しないでくださいというのに

     自殺自殺自殺って  

自死という言葉が 少しずつ広がってきてから
  自死は減っています

  精神疾患の人の中には 自殺という言葉はきつくて 死にたくなりますという人も多くいます

 死に誘われる気がします という人もいます

 強烈すぎて
  人を追い込む言葉です

     追い込まれた末の死であると国は言っています

 追い込まれた末に殺したとは言っていません

     誰もが追い込まれない社会なのです 目標は

     断崖に追い詰められて 飛び降りた人を自殺というのでしょうか

      死なざるを得なかった人です

    死ぬしかなかった・・・それが自死です

     いじめやパワハラ DV  セクハラ 過重労働
      様々な要因で
  人は追い込まれます

     追い込まれた末に死んだのです
追い込まれた末に殺したのではない

   精神科医の視点は 偏っています

そして自死の  最大の要因は
 日本の精神医療のお粗末さです

   助かりたい 死にたくない 生きていたい
元気になりたい  幸せになりたい  もとのようになりたい
 と
医師に助けを求めて

医師の言うとおりに 薬を呑んで
    死んでいます

死にたくないから飲んだクスリ

     医師は 本人が死にたくて死んだというが

     死にたくないという気持ちを 尊重して
         死にたくない気持ちになるクスリを処方してくださいよ

   死にたくなる薬を飲ませて どうするんですか

    死への恐怖心が薄れるクスリを処方してはダメです

    精神科医は自死の予防の専門家ではなく
  反面教師なだけ

     

体育館や教室にカギがかかっている学校

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仙台市 いじめ自死のあった中学校

   体育館は終日カギがかかっている
     体育や部活以外は使用禁止
昼休み時間に使用したいときは 許可が必要

  空き教室はカギがかけられ
    美術とかで教室をあけるときは カギがかけられている

  屋上ももちろん カギがかけられ
そのうえ
屋上に通じる階段には 椅子とテープでバリケードが作られている

他の教室はもちろん 出入り禁止

他のクラスの子と話したいときは
    廊下で話すしかない
なぜなら
 教室の扉の所では 立ち止まって話してはいけない

   呼び出すのも 気後れするような 張り紙が貼ってある

     殺風景な廊下

 貼ってあるのは
 高校のポスター  1年から3年まで 廊下にびっしり
 空き教室がたくさんあるのに
  わざわざ
 カウンセラー室は 教室の前にある

   利用率は少ないようで

   登校日にもかかわらず  午後2時半頃
   寒々として
   暖房が使用された気配は全くない

 色どりの少ない学校

     寒々とした廊下と玄関・階段

    空き教室の雑然とした空間

    刑務所のような・・・・学校

 校長室は ものすごく立派
  これまで訪ねた中で 一番立派

    職員室は狭く ものに埋まっていた

子供たちが作った作品は あまり飾られていなかった
 なんだろうなぁ
     人間味のない学校  そんな気がした

なによりの驚きは
  体育館・武道館・教室・・とにかくカギがかかっていること

   何かあった時
 子供たちは体育館には逃げられない
屋上にも逃げられない

   忘れ物をしても  先生にカギをあけてもらわないと
  教室にも入れない


 

   救いは
 保健室と図書室は
  とてもいい雰囲気だったこと

 
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いじめは卑怯者のすること



学校で遊んでいて 誰かに足払いをされて
転んでけがをした場合

   ケガをさせるつもりでした足払いという行為でないとしても
      ケガをさせた事実は事実として
   ケガをさせた子供の保護者に学校は伝える義務があると思う

    学校が病院に連れて行き治療を受けさせても
       ケガをさせてしまった子供の保護者に伝えない学校は
 学校として当たり前なのだろうか

   故意でなければ ケガをさせられても ケガをした方の責任なのだろうか

     押されて 肩を脱臼しても
   脱臼した子どもの責任・・・脱臼しやすい子供・・ということで
       おしまいになるのだろうか

  いじめも
いじめられやすい子供という理由が通るなら
 
いじめの肯定
  いじめをしても許される学校になっていく

    いじめは卑怯者のすること
       学校がその卑怯者を認め 肯定するなら
   いじめの対策はしなくていい
  いや
する必要がない
    仙台市の教育行政のトップは
       いじめられる子供が悪いとおもっているようです
     だから  仙台市のいじめ対策は
   仕組みだけ作り 人材だけ派遣し
       具体的解決はしない内容になっていることは 不思議ではない

そもそも
  いじめる側は 全く悪くないのだから
 いじめはあってもいい
 いじめがあるのは普通
    いじめられる子供が 学校にいなくなればいいだけ

   いじめられやすい子供は 支援学級にやればいいだけ

      しかし
集団とはそんな単純ではない

    いじめっ子ばかりの学級
全員がいじめる子供たち・・だとしても  その中でまたいじめられる子供が出てくる
   そうしたら
また いじめられやすい子供ということで
    排除し
支援学級へ

そして またいじめる子供だけの学級ができる

だが またその中で いじめられる子供が出る

 それが 人間 集団

  だからこそ

  いじめはいけないと教えることが大切である
    人をいじめてはいけませんと親も学校も教える
 
    何度もなんども ~~~

そのうえで
いじめをしている子供を諭し 保護者にも伝える
 一緒に考える

 いじめっ子は 何らかの心の闇がある

    人をいじめて ストレス発散
  人をいじめて楽しむ
 人が困っているのが快感
   人の悪口を言うと ルンルン気分

  歪んでいる

   いじめられ苦しいのが普通

    いじめを見ていて なんとも思わないのも 異常

     いじめが楽しい子供こそ 要注意 要支援 要配慮の子供であるべき

     いじめられる子供が 配慮の必要な子どもという認識が変


    いじめっこが 反省しない限り ターゲットは変わりいじめは続くだけ

大人の場合も同じ

   それが パワハラ モラハラ  セクハラ

    と続く  

言葉は大切です


人が嫌がるのを見て 幸せを感じる人は 異常です

  そんな人ばかりになったら 社会は破滅main.jpg