恋人も知人・友人も参加できる会はあります

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コメントへのお返事

 息子が亡くなった時 高校時代の友人(親しいグループ)に、自死という事を伝え
その人が全国に散らばっている仲間に声をかけて、葬儀に来てくれました。

その後にも 愛知県や青森県から個人的に自宅に来てくれたりしたので
 1周忌には連絡をして 3人ほど休暇を取ってきてくれました(皆さん仕事をしていますので)

警察の仲間の方々も自宅に来てくれたり…今もお墓にお参りに来てくれています
(タバコとコーヒー缶が供えてあるのでわかります)

 素直にお参りをしたい気持ちを大切にしていいと思います。

  遺族も思い出話はつらいことですがありがたいことでもあります。

忘れないでいてくれる人がいる・・ということは感謝です

     自死だからということで妙に気を使われてしまうと ん?となってしまいます。

遺族との交流は 普通に気持ちのままに
  遺族がお断りするまでは お手紙やメールなど やり取りされたらいいと思います。

また遺族の会への参加は
大切な人を亡くしたというくくりで 恋人・知人・友人もOKの会もありますので
   そちらの会に参加したらいいと思います。

自助グループの場合は
 ほとんどは親族というくくりになっていますので 恋人・知人・友人の参加ができるのは少ないと思います

   が・・・・
自助グループでも参加できる会もあるかと思います

   支援者が主催の会は 恋人・知人・友人の参加が可能な会が多いと思います
ただし
 参加者は少ないと聞いています

   これは私の考えですが
   遺族の会に参加できなくても ご供養はどこでもできます

 わかちあい
  は
   同じ苦しみ・同じ悩み・同じ悲しみ・・・という事が原点です

  僧侶の会などは 親族以外の参加も認めていますし
     生と死を考える会も参加可能だと思います

  例えば 子供を亡くした親と 子どもの知人や友人・恋人とは理解し合えないことも事実です
   子供を亡くした親と 亡くなった子供の妻やその子供とも・・また兄弟姉妹とも
   分かち合うのは難しいと思います

  立場によって悲しみが違うのですから・・・
それが普通です

 そのことをお互いに認め合うことが
    お互い距離が近くなるのでは・・とも感じています

  講演会やシンポジュウム・フォーラムなどに参加されて
       いろんな意味で 自死の問題を身近に感じて頂けたら
それもまた 亡き人への想いかな・・・と

  9月9日 長野市で全国自死遺族フォーラム第10回があります。
    多くの遺族が参加します
  懇親会もありますので 参加してみてください

懇親会もフォーラムも どなたでも参加できます

    亡き人への想いは
  わかちあいの時間だけではなく 様々な方法で抱えて行くことができると思います

   私は今でも お墓参りに来てくれる息子の友人を愛しく思いますし
   ありがたいと思っています

  また わかちあい以外の会に参加してくれたり
    自死の予防や自死遺族への支援などに協力的な友人・知人・恋人等の人たちは
ありがたい存在でもあります

   亡き人を思うのは  どこでも場所を選ばずできます
   
親族だけの集いに入る必要もないです

    区分けして  それぞれの立場で出来る事をされていくことが
  本当の意味で 亡き人への想いがある・・・という事ではないでしょうか

   いろんな会があります
  それらを認め合い  それぞれの特徴を知り
    参加できる会合に参加したらいいだけです

  自分にあう会に参加したらいいと思います

   亡くなった人の家族との交流も
程よい距離で
   お返事をもらったら  勘ぐるのではなく
素直に感謝し、続けて行かれたらいいと思います

   儀礼てきな返事でもいいじゃないでしょうか

   何も求める必要はないはずです

お菓子や果物を供えるのも  贈るのも
  家族にではなく 亡き人への想いなのですから・・・

  もう  いいかな  と思ったら 無理に送らなくてもいいと思いますし・・・

  周りに惑わされない事・・・
    ご自身の気持ちを大事になさること

   求めない事・・・

言葉にできない悲しみ

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グリーフケアという言葉が嫌いです

 そもそもグリーフのケアって どのようなケアでしょうか

  愛する人を亡くした悲しみ
わかりますか?
子どもが生きている人に
子どもを自死で亡くした悲しみ わかりますか?
    
    言葉にはできない悲しみ
  かなしい という言葉では 足りない気持ち
   かなしい苦しい切ない・・心から血を流すような
      地獄のような・・・
   息ができない悲しみ
      鋭い刃物を飲んでいるような痛みと苦しみ
   身を切られるような悲しみと痛み

     そもそも かなしいことが痛いって 理解できないでしょう

  笑っているのに かなしい
        食事を美味しそうに食べていても 心は悲しい

     こうしてブログを書いていても かなしい

     胸が痛い

  お腹もいたい

    胃も痛い

      一秒も 生きていたころのような心にはならない

  寝ていても  かなしい

夢もまた悲しい
  目が覚めた瞬間もかなしい

      お風呂に入っていても カナシイ

   突然涙があふれる

洗濯をしている時も
   干している時も
新幹線に乗っていても
  本を読んでいても

  突然 深い悲しみの泥沼に落ちてしまう

   見た目は・・・幸せな人たちと会うときは笑顔がいっぱい
満面の笑みを浮かべられる

    知らない人が見たら  本当に幸せに見えるでしょう

    幸せな人よりも 元気いっぱい
走り回っている

    でも 私はかなしい気持ちでいっぱい

もうすぐ12年

  悲しみは変わらずいつもいつでも私と共にある

    それは今もお兄ちゃんを愛しているから

  こんな私のグリーフを
     他人が何をしてくれるというのか
しかも 幸せな人が・・・

   悲しみを本や教授から学ばないと理解できない人が・・・

   どうやって 言葉にできない悲しみをケアしようというのだろうか

  お話をお聞かせいただく事
    その人の悲しみにどこまで近づけるか・・・
って

  傲慢です
      私の悲しみに グリーフケアの専門家という人がどうやって近づくというのでしょうか

  私の悲しみがどこにあるのかわからない限り近づくことは不可能です
      どこにあると思っているのでしょう

      悲しみは深さ

  どのくらいの深さで どのくらいの広さがあるのか

   宇宙のように果てしなく広く永遠にある悲しみ

    近づけるのでしょうか

近づけるわけがありません

悲しみとは

一人ひとり・・・宇宙のように無限大にあるのです

一人ひとりに悲しみという宇宙があるのです

    本人でさえ 悲しみの迷子になることもあります

   お話をお聞きするなんて
一時間・二時間   100時間
    全く足りません
毎日毎日・・
  12年間聞いてくれますか?
これからも 私が死ぬまで聞いてくれますか?

    グリーフケアでは 伴侶の死が世界で最も悲しいという

では なぜ再婚や恋人ができるのでしょうか
    
     悲しみ比べはしてはいけませんと言いながら
 なぜ 伴侶が一番悲しいと断言するのでしょうか
本にも書いているのでしょうか

   悲しみとは 一人ひとり…その人と亡き人との間にあるもの

 私の場合

 長男の死という悲しみは

 夫と長男
  次男と長男
   私と長男
 それぞれに存在する
  それぞれが自分の悲しみが世界で一番悲しい

   グリーフをケアするなんて おこがましいこと

    私の悲しみについて  幸せいっぱいの人から
 アドバイスやコメントを頂きたくもありませんし
    説明もされたくありません

  私の悲しみは私のもの
 誰のものでもない 私だけのもの
   長男と私のもの


    同じ思いを体験した人の話は 
         ストンと腹の底に落ちる

 そっか 私だけでなく  同じように感じているんだ
    悲しみもまた 同じようにあるんだ

そこには言葉ではない 共感が存在する

   はじめて わかちあいの会に参加した人は

   受付の時・・部屋に入った時
涙があふれる人もいる

   同じ思いをしている人たち・と思うだけで
     孤独感が少し軽減されていく

そこには 特別な言葉は必要ない

   人間が作り出した言葉は
   人間の細やかな感情を表現するには 役不足である

 無言の共感
      無言の理解
 それは
  同じ悲しみを体験した者同士だから 生まれる

    時には存在そのものだけで
          言葉よりも 支えられることがある


   愛する人との突然の死別

      その悲しみは 他者がケアの対象にするものではない

  人智を超えた存在
   仏や神
     以外に
         グリーフの ケアができるとしたら本人だけである
            
    

いつもの事

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自殺対策白書が厚労省から届いた

自殺対策の実施状況というページがある

いつもの事ですが 自助グループの活動は掲載されない
 ある一つの団体とつながっている団体や地域の活動だけが掲載されている
毎年・・・ライフ〇〇〇との密な連携のある地域と団体だけの掲載

   公平であるべき行政機関としてはいかがなものかと思う

ライフ〇〇〇だけが熟知しているわけではない
   遺族支援も今回は
 僧侶の会が紹介されている

そしていつも秋田県の活動が紹介される
秋田県はワースト一位
 頑張っているのかもしれないが ワーストはワースト
     最も自死率の高い県が対策をしていますと大きな声をあげている
   自死の対策は粛々と静かに確実に具体的に実質を重んじて行うべきです
 ひとりひとり  ひとつひとつ です

助けてあげています・・アピール
いつも出てくる人は秋田の佐々木准教
  蜘蛛の糸の佐藤さん
毎度おなじみ・・・
心の健康作り

 心の健康って 何でしょうか

そもそも健康な心ってどんな心でしょうか

   自死した人たちは心が不健康だったのでしょうか

  不健康な心ってどんな心でしょうか・・・


対象となるべき人の満足ではなく
  支援者が満足するための研修らしい

山形県も同じ
  ここもまた 心の健康

荒川区も同じ
   
みやぎの萩ネットワークの1年間の相談件数よりも少ない件数でした。


僧侶の会も

   僧侶40人
    参加者が30人を超えることもある・・というが
       自助グループは(東京)スタッフ3人で参加者30人を超えることも多い
藍の会も
わかちあいの会・茶話会・サロン・・・
   つむぎの会もあるので
 毎月の遺族の参加者は50名を超える

こんなことを言うと
 参加人数ではないと支援者は言う

    自助グループへの参加者が少ないと
   行政は
     ずいぶん少ないんですね・・・という

自分たちの会への参加が少ない時は 参加人数ではなく開催していることが大切なんですという支援者たち

  なんとも不思議な発言です

 誰のための会でしょうか
   誰のための活動でしょうか
何をしたいのでしょうか

  癒してあげたという満足感を得るために かなしい人が苦しい人がいるのではありません

 自死した人たちは 心が不健康で死んだのではありません
  遺族も心が不健康なわけではありません

     いつも思います

 当事者の気持ちに思いを馳せることなく
     幸せな人たちが「これでいい」という事をしているだけ
   
   幸せな人たちも ある日突然自死遺族になるかもしれない・・・それが現実

  謙虚に粛々と
 騒がず コツコツと

    自死の活動は地道なものであると思います

   死ぬほど苦しい人が
  華やかに輝いている人に近づけるでしょうか

   愛知県のポスターが話題になっていますが
       周りの事を考えられたら自死しません
   愛する家族の事も考えられないほど追い込まれての死です

     校長先生が 学校内で・・
       夫が父が  妻や子供のいる隣の部屋で・・・

    まだ周りの事が気になる内なら
         相談もできるでしょう・・が

   だからこそ

 人を追い込まない社会
  追い込まれた後に すぐにつながれる相談機関

  が 必要なのです

   言葉は重要です

ひとことで救われます
  一言で死に追い込まれることもあります

   一筋の光が見えたら 歩けるのです

    終わりのない苦しみが続くとしたら  そう感じてしまったら
         ・・・・
    追い打ちをかけられたら

   これでもか・・これでもか・・と 次々に襲い掛かってきたら

    そんな社会だとしたら

そんなことを 強く感じてしまう 自死の予防や防止の支援

   遺族への支援 

 自死に最も近い遺族の話を聞いてください
  集団の 体験的知識

  予防にも防止にも役に立つはずです

  身を切られるような苦しみと悲しみからの体験談ですから

    今なら 助けられた  という  話です

          いのちを喪わせてしまった後悔から学んだ話です



    


単純な問題を複雑に見せる社会~人にやさしくないだけ

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自死という問題を学者は難しい言葉でデーターを駆使して
 たくさんのグラフ等で理論づけて説明をしている
それも必要だとは思う
 でも・・そのデーターで見えたものを
   どのようにしたら自死は減らせるのか・・というところまでは踏み込んでいない
   踏み込めないのだと思う

   複雑な問題だが実は解決は単純でわかりやすいものだと感じる

    人を追い込まない社会を作る
      教育の問題
       介護福祉問題
   労働問題
     住宅ローンを含むローンの問題
  連帯保証人問題
     地域社会の問題
  家族という問題

精神科医療の問題
等々

 幼稚園からの教育
    進学を目的とした義務教育の問題
     競争社会 
   差別・・偏見・・・いじめ  蔑み
   
  ひとつひとつ その分野の専門家たちと共に改善する努力をしたら
      自死者は大幅に減るはず

  債務の問題の自死は半分以下に減った
  具体的対策が実行されたから・・・

 学者と評論家
 そしてパフォーマー

 具体的問題の解決に向けた施作は皆無

   理論だけでは 自死は減らない

    ひとつひとつ・・・ひとりひとり

 丁寧に 大切に

    1年間に一人が一人にやさしくできたら
       みんなが一人ひとり・・・にやさしくできたら

   やさしくしてもらった人が 次にやさしくできたら
 やさしさの輪は広がる

      やさしさとはお互いに思いやること

     やさしくされることばかりを求める人は  やさしくない

    お互いに・・・ということが大切

     そして何度もいう

  悩みや苦しみ悲しみは 精神科に行ってもどうにもなりません

    精神薬は ハッピードラッグではありません

 自死の多くは精神科に行っていなければ 生きていた命です

   苦しくても 生きていた命です

   生きていれば なんとかなります

   死んで悲しむのは 死んだ人を愛している人たち

      息子が逝き・・・夫も次男も私も・・・ずっとかなしいまま

   真剣に取り組みましょうよ

    金儲けや名声ではなく
       本気で取り組んでください

    関わっている人たちの知恵や能力を結集したら
      ゼロに出来るはずです

    難しく考えすぎです

   多分

 単純な事が最も難しい事だと知っているから
    難しい理論をくっつけたいのかもしれません



言葉という刃物そして自死

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いじめや体罰
パワハラ・・・
   自死は過労だけでは起きない
過労+パワハラ
  介護+孤独

 言葉の暴力・・言葉が自死に追い込んでいるのは絶対だ

     言葉の暴力よって 追い込まれ  精神科に行き・・・自死
       執拗に蔑まれ 追い込まれ 自死

 自死の要因は様々・・・でも
  共通するのは 言葉

 馬鹿にする 蔑み  人格否定
     等々
バカ ブス 醜い  整形しろ
うんこやろう    こんなこともできないのか
 何度教えてもダメな奴
    覚える気あるのか

とろくさい  ダメな奴  くさい どんくさい
変なやつ 
死ね  飛び降りろ 生きてる資格ない
 等々
毎日繰り返される罵声 

  小突く 強くぶつかる
      ものを投げられる
隠される 破かれる

    毎日・毎日

無視・・・
     ~~~追い込まれていく

  労働時間が長いだけでは自死には至らない
   過労死はあるが・・・過労自死にはならない

    そこには思いやる人が誰もいない

家族には心配かけたくないから言わない

  あるいは 家族に行っても職場で行っても学校で相談しても
      精神科医に行くように勧めるのが 普通の対応

    そして精神科に行っても 
原因が解決しなければ 元気になるはずがないのだから
   医師に「いかがですか」と聞かれて
 「まだ気分が・・・」というと
  精神薬が増えて行く

精神薬が増えても
     問題は解決しないから  元気にならない
そうやって
  精神薬中毒になって本当の精神病になってしまう人や
    精神薬の副作用で自死に至る人がいる

   死のハードルが精神薬によって下がってしまう

自死の要因・・というよりも
  人を追い込む要因を取り除くことが自死の予防である

その最重要課題は  言葉の暴力をなくすこと
   教育である
人を育てる教育・・・が最も大切

人をいじめるような人に育てないこと

  やさしい人たちが やさしいままで
  生きられる社会

現代の社会は
やさしい人が生きられない社会

ずるがしこく  嘘つきで  人を欺くことができる人間が生きられる社会

 人が苦労したことも 横取りできるような人間
    そんな人が多い
  かなしい
      無力であることを思い知らされる毎日

ずるいひとほど 社会に認められる

それは 社会そのものがずるい人たちで まわっているから

表面だけ見て 誰も 人の中身までみない

 表面だけで 社会は生きられる

いや むしろ
表面だけの嘘つきのほうが もてはやされる

世の中 99パーセントのパフォーマンスと
 1パーセントの真実でいい

本当の事は煙たがられる

 自死の問題だけで生きてきて 11年と8か月

お兄ちゃん  これでいいのかな・・・