悲しみの地雷

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 悲しみの地雷はいたるところに潜んでいる

 年月が過ぎて・・・明るく、何事もなかったかのように世間とは付き合っている

         が
こころの底には 変らず悲しみが存在している

 ある時あることやある物に  突然 こころが揺れ動く

   底に沈んでいる悲しみが  浮上してくる


    激しいときもあり・・しずかな時もある


  月日がたてば 周囲の雰囲気を壊さないように

        幸せな人に 合わせることができるようになる

   だから  元気になったね・・とか

       子どもが亡くなっていることすら  忘れて私と話している


    そんなときでも  私の心の底には 悲しみが存在している


    この悲しみは 息子とわたしのもの  

 家にいても 外にいても  悲しみの地雷を踏んでしまう

     涙が溢れるまでにならなくても 心は痛い

   大声で泣きじゃくるときもある


      アフラックの アヒルの コマーシャルや看板は 胸が痛い

         我が家の保険は 県民共催にした

   民間の生命保険が 地雷になった

  警察の制服も地雷   親子連れも・・・

          バイクもRV車も   メガネの若者も・・・


    幼いおませな男の子も

             ほとんどのものが 地雷


 日々・・・全ての周りのものが 悲しみの地雷であることを

     悲しみの支援者は知っているだろうか

   愛する大切な子どもを亡くした  親の悲しみの何が わかるだろう



悲しみからの解放などいう 生ぬるい考えでケアをしようなんて

    アメリカ人の考え方を日本人にあてはめてはいけない

       グリーフケアは 終末医療の一環として 有効であると思う

   自分の死を受け入れていく

    自分が死を迎えることへの恐怖や苦しみ悲しみ

        それを受け入れ  慌てず騒がず・・・静かに死を受け入れる


そのために  グリーフケアが施されることは

   大賛成である

       なぜ  ホスピス等で 療法として行なわないのか・・・

    告知した 進行性の難病やガン患者への ケアとして行ったら

    役立つとおもう

        愛する人との突然の死という別れ

              遺された人の悲しみは 日々の生活の中にあり・・・

      こころの底の底にある 悲しみをどのように他人に見せられるというのか・・・ 

   こころの素っ裸を 他人に隅々まで見せるようなことを日本人はしない

       また 見せても仕方がないことを

         遺族は知っている

    街で警察官を見かけて パトカーの音を聞いて

    涙が溢れてきても   誰もケアできない

   それは 私の悲しみだから

               誰も支援してくれない

        それでいいんです・・・

  それが 現実だから・・・・

               こころがケアできると思っている人こそ

           人の気持ちがわからない人

  そんな人たちが多いから  人にやさしくない 社会なんです・・・

     だから  自死が・・・
  

    
     

                            

        
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