自死への差別と偏見と誤解

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自死した人は「心の弱い人」という考えが

    遺族以外の人たちの主流である


社会的要因で追い込まれた末の死が「自死」である

   と  国が認め 大綱が作られ 対策が施されているが


     国にの担当者も 県も市も もちろん一般国民の多くは

  著明な人であっても
    自死は弱い人の決断


   逃げた人という考えである


     それは  いたるところで感じる


 少女マンガの作者が
  児童書を出版そのコメント

「自殺した子の話を聞くと【闘えよ】っていいたくなる

    闘わなくても何とかやりすごして生き延びて欲しい、そんなことを考えながら書いた」


         自死した子どもの責任になっている



    多分( 同じような目にあっても 生きている子がいる)

    あなたが闘わず死んだ

    あなたがやりすごすだけの気持ちが欠けていたから死んだ


         だって  同じ境遇でも生きている人がいるじゃない!!!


     と  いいたいのだろう


  
    引きこもりの子どもを持つ親からの話だけで

    「自死」の問題に触れようとするから

         こんな コメントになるのだろう


   自死した児童生徒の親から話を聞いて・・自死に触れるべきだ


   引きこもっても  生きている子どもと

    自死した 子ども

        死にたいと思うことと

   死んだのは180度違う


    死にたいと思うことはあるだろう

       実際に死んだ 人の気持ちが 生きている人にわかるわけがない


     だって いきているんだから


     いっそ死んだほうがマシだ・・という人がいるが

   そんなにマシなら  死んだらいい


       死にたいということを 口にするのは



   死んだ人に失礼です

    
  60歳を超えた著明な作家でも この程度の認識


   まだまだ  根深く 差別と偏見はある       
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コメント

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死にたくて死ぬひとなんているでしょうか。誰だって明日の夢を見たい。私も遺族なので、世間の「ああはなりたくないね」という冷たい雰囲気はかんじとってしまいます。これは興味本意でお聞きしたいのですが、健一さんは「四回目で死んでしまった」って以前おっしゃてたかと存じますが、自殺未遂を繰り返されてたのでしょうか。突発的なものではなかったのでしょうか。遺族になるとこんなことが気になってしまいますねぇ…。来月できれば遺族会でお会いしたいと思っています。

興味本意てのは語弊がありましたね。ごめんなさい。でも奥方や精神科医もその「四回目」までになんとかできなかったのかと、健一さんの自死には悔やまれます