社会の縮図が遺族同士にも・・・・遺族だから・・・ではなく・・・人としてを  思う

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人は 不正を働いても

   困ったときに相談にのってもらい
  
    金銭的にも助けられたとしても

   自分の思う様に その人がやってくれないと

   その人が悪い・・という  生物らしい


    
    恩義という言葉があるが
    仁義や恩義は大切だと思う


  受けた恩は  どこかで 少しでも返したい・・・と  おもう

    親からの恩は  親ではなく  子どもに返す

      受けた本人にではなくとも

    しんどいときに  手を伸べてくれた人の
     
      悪口をいうのは

    人間として  どうかな・・・とおもう

   遺族だけではなく

     人間としてである


   私のブログで  人として・・・遺族として

        書くことも あるが


   それは  遺族がもめている・・とかではなく

    人として・・・である


    誰を信じるかは  その人それぞれが決めたらいい

      私を批判する人たちも大勢いることも事実


     快く思わない人たちも大勢いるでしょう


   それも 社会


   みんなに好かれようとは思っていない

       無理だから

   神様のことも嫌いな人もいる

 仏様のことも嫌いな人もいる

    
     きれいな言葉で 美辞麗句をならべられて

       満足する人は それはそれでいいと思う

   私を批判する人たちも  私も  あまり大差はない


  同じ人間だから

     人智を超えた立派な人はそんなにはいない


    許し許され・・・とおもう が  了見の狭い私は俗人である


    
   人に迷惑をかけたことは忘れて

         綺麗ごとをいい 活動している人たちがいるが

      
       亡くなった人達が見ている

    
    迷惑をかけた事は自覚し 反省をし

      改心して 生きようとする気持ちが大切


     私は 息子に見られているから

     息子に 残念だ・・といわれないように生きているつもり


      他の人たちが  私を批判しても

  息子が理解してくれたらそれでいい


       なき息子への 懺悔での活動だから


     死なせてしまったことへの  懺悔・・・


    世界中の人たちが息子を批判しても私は息子を誇りに思う

      息子もまた 私の今を 誇りに思ってくれるように

   私は生きている・・・世界中の人が批判しても    


    亡き息子が認めてくれたらいい


    

      
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