悲しみは悲しむ社会に・・・

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自戒を込めて

 息子を亡くしてから   それまでには考えられないような人たちと会い生きている

      たくさんの人たちから 多くのやさしさをもらった

  それを その人には返せなくても
     誰かに少しでも 贈れたらと思っている

 母が「幸子、自分には何にもしなくていいから、
     自分の子どもに自分がしてもらったことをしてあげな!それが親孝行だよ・・・」と言っていた

 恩送り・・・

   母にはその意味では親不孝をした

   母がかわいがってくれた健一を死なせてしまったから・・・


  自分が自死遺族として  傷つけられたから

     差別されたから  同じ目には合わせたくない・・・と活動を広げてきた

   子どもを亡くした親の会も・・・

      そう思って開催してきた

   たくさんの出会いとたくさんの別れ

      一歩を踏み出す為の 踏み台としての役割


      それが わかちあいの会


  踏まれすぎて・・・こころが硬くなってしまいそうなときがある


     それを 元に戻すのが  息子

   息子の死

       

  自分の立場ではなく  人の立場で見ると 
          同じ景色も違う景色になるのですが

    なかなか  ・・・・・・ むずかしい


   「人間の感情は、喜びだけを膨らませるという、そんなばかな事はできないのです。悲しむということは、失った家族と対話することです。その悲哀を通して人は自分の人生を意味あらしめている。本当に深く悲しめる人は他者と深く喜び合える人でもある。ただそれだけのことが文化として共有できない社会は、野蛮な暴力社会だとおもう」 と  野田正彰氏は書いている


悲しみをちゃんと悲しめる社会


   悲しみを抑圧し、不幸を忘れて前に進む、という発想

  
      一握りの武士の生き方を理想化し
     泣かないことや 悲哀に耐えることが美しいと強調してきた日本
   そこから生じた「構え」は
関東大震災や数度の戦争を経ても変わらず
      受け継がれてきた


  悲しみの中から 連帯を生み出せたら より良き社会へとつながる・・という

      悲しみは悲しむ社会へ


   それが 人を大切にする社会


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