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宗教者としての活動なら、仏さまや神さまの慈悲の心を持ってほしい 少しでいいから・・・ほんの少しでいいから

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毎日のように  悲しいことに 新たな遺族から連絡を受ける

 そして 無力な自分を感じる

   生きようとしてもがき苦しんでいる 遺族の心をおもう


     亡くなった人のことを思う


 
    明日は スイスからの女性と会い(チョコの贈り物をしてくれている)

       石巻へ


あさっては  記者とあい  29日・30日の広報と 12月14日の取材の依頼を

   14日は 野田先生と気仙沼へ

     一泊して

    15日  帰宅  


 16日は 健一の命日  午後は野田先生の講演を聞きに


    17日 朝早くに  青森の実家に

      母の一周忌

 18日帰宅  


  これから 頼まれていた本を遺族に送り

     明日 持っていく資料を印刷し

  後援依頼の文書の作成 

    知事に会いにいくための 資料の作成


  ::::::::

   「自死・自殺に向き合う僧侶の会」が
   自死という言葉への変換に反対している


  ある遺族支援団体が出したガイドラインに賛同団体として名前を連ねている


  代表が
 
    「全国自死遺族連絡会」 という  
      
    自死遺族当事者の活動を快く思っていないから・・・

 僧侶たちが 「自殺」という言葉にこだわり

      死んだ人を「殺す」という言葉で 表現することに
     賛同する・・・ということが 理解できない

 病死。事故死。犯罪死。・・・・亡くなった人は そのほとんどが「死」という表現である

    自死だけが「自殺」という表現

   殺人という言葉も死んだ人への表現ではない

   人を殺した ことへの  表現

      罪のある行為


   自殺  って   罪があるという意味でしょうか

   ・・・死んだ人に罪があるのでしょうか

  死んだら皆同じ・・・この世の苦しみも差別もない

          世界へと  導かれるのではないのだろうか


  この世での 修行を求め この世での 開眼を求めるのが禅宗なのかも知れないが

    では  戒名は 救われない自殺者には  つける意味がないのでは・・・ないかとおもう


   亡くなった人達も  生きている人たちも  救うのが宗教ではないのか


   苦しんで死んだ人を  更に追い込み

   遺族のこともさらに追い込む   それが宗教だろうか

   それでは  仏教から離れたくなる

      自死の防止の為なら  自死遺族が追い込まれても関係ないとでもいうのだろうか

   一般市民の考えならあきらめるが

    僧侶と名乗っての活動が   自死遺族の気持ちよりも

         死んだ人への尊厳よりも

    防止と予防という  善意を振りかざして


   なにを したいのだろうか


    自分たちが善意としている行為が

       人を傷付けているかもしれない・・・と 

  立ち止まって お釈迦様と 話をしてみて欲しい

     

 

   



        
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プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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