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SAD

「悲しい本」からの抜粋と私の想い20120522202408.jpg

どんな誰にも、何も話したくないときもある。  誰にも。  ひとにも。
      誰ひとり。
・・・・・私の悲しみだから。
    ほかの誰のものでもないのだから。


悲しみがとても大きいときがある。
     どこもかしこも悲しい。からだじゅうが、悲しい。
        どうすることもできない。

なぜ悲しいのか、理由がわからないときもある。 
悲しみの雲がやって来て、すっぽりと私を包みこむ。

私はあまり苦しまずに、悲しみをやりすごす方法をずっと探しつづけてきた。たとえばこんなこと。

誰にだって悲しいことはあると、自分に言い聞かせる。
私ひとりだけではない。きみにだってある。

悲しむのは、ひどいことをするのとはちがう。  
     私は悲しいのだ、悪いのではない。


悲しみについて書くこともある。

「悲しみは、どこにあるのか?いたるところにある。そいつはやってきて、きみを見つける」

悲しみは、いつくるのか? 
        時をえらばない。 
            そいつはやってきて、きみを見つける。
「悲しみとは何ものか? 人をえらばない。そいつはやってきて、きみを見つける。」
悲しみはそこ   深くて暗い  ベットの下のからっぽのそこ
かなしみはそこ  高くてくらくらする 空のように 頭の上

深くて暗いと  こわくて行けない
高くてくらくらすると 息が苦しい

私は思い出す

笑って笑って 笑いころげながら 歩いていた君を。

楽しかった日々を。

君が生まれたあの日を。
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