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悲しみもまた私のもの・・・誰の悲しみでもなく私の悲しみは私のもの

 遺族の悲しみを病気という概念で・・・支援を考えている人たちのケアの内容には憤りを覚えることが多い

悲しみを「亡くなった人への愛」だと肯定する・・という考え方を持つことって・・・支援者には難しいことでしょうか

 悲しいという感情をずっと持ち続けて生きて行く事・・・が、なぜ病気とみなされるのかが理解できないのです


今日、息子が亡くなり、葬儀をして、遺品をもらいたいと・・お願いに行って以来7年5ヶ月ぶりに、官舎を見た
〔塩釜に行くのにどうしても通る道にある)

心が痛かった・・・他に人がいたので、グッと堪えたが・・・おなかの調子が悪くなるくらいに悲しみが襲ってきた・・・こんな症状になるわたしは病気?だろうか

  私は病気では無い

息子を今も愛している・・から・・・今も・・・悲しみがある・・・それだけのこと


 どうやってこの悲しみを取り除くことが出来るのだろうか

   悲しみが無くなるって事は・・私の息子への愛が無くなること・・・


  私の息子への愛を、なぜ取り除こうとするのだろう


我が子を愛する事はいけないことなのだろうか



悲しくてもいい・・・それは私が息子をあいしていることだから


 悲しいという気持ちは人間らしいと思う


   悲しみもまた私のもの・・・

誰のものでもなく、私の悲しみはわたしのもの

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プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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