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家族の突然の死・・・その悲しみを・・・人間ごときが救えるものではない・・・

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大切な愛する家族を亡くした悲しみを、「通常の悲しみ」「病的な悲しみ」と他人に区別される必要はない

 病的でない悲しみ=正しい悲しみ

誰が正しい悲しみを決めたのだろう・・・いや・・決められるのか・・・

   神様も仏さまも正しい悲しみは決められない・・・神様と仏さまは慈しみ深い存在だから・・・悲しんでいる人にそんな事は言わない


  グリーフケアは自分が末期がんで亡くなった人が・・・自分が死んでいく悲しみ苦しみと向き合うために考えたもの・・・といわれる・・・・それをなぜ・・こんなにも枠を広げて・・・喪失の全てがグリーフケアによって救割れる・・と考え始めたのだろうか

  神様にお仕えする人たちは神様がお救い下さる

 仏さまにお仕えする人たちは仏さまがお救いくださる

   と

信じて・・・人々にそのように教え諭すもの


  なぜ仏に仕える者が神に仕える者が神ではなく仏でもなく・・・グリーフケアという方法が遺族の悲しみを救うものと考えられるのだろう

  全ての悩み苦しみ悲しみを神に委ねなさい仏に委ねなさい・・・と・・・諭すことが本物の宗教者


   自分の主である神さまよりも仏さまよりも人間ごときが考えたグリーフケアが人々を救うと本気で信じているなら宗教者はやめたほうがいい

  悲しむとこうなりますよ・・・ということは悲しみを経験していない人から悲しみを抱えている人が教えてもらう必要はありません

  悲嘆の回復プロセスというものは・・支援者が学びたいだけのもの

「悲しい人って・・こうなるんだ」と


  悲しい本人が悲しくない人からなぜ悲しみを学ぶ必要があるのかが不思議です


 悲しいからどうしてくれるんですか

  立っていることもできない人に、どうやって話させてどうやって文字を書かせどうやって音楽を聞かせるのでしょうか

   ある程度冷静に客観的に自分の悲しみを見つめられ・・そして、少しの悲しみが表せる人・・・でなければ
    彼らの思うような遺族にはなれない


  日本人はカタカナ語に弱い


悲しみは愛です・・・

大切な大切な愛しいもの・・誰にも批評はされたくないし意見もいえわれたくない


  息子とわたしの間にある愛です

  ・・わたしはグリーフケアの考えは嫌いです

 
悲しみを人生の邪魔な存在のように取り除こうとしていますから・・・続く悲しみは病気という考えは人間としてどうなのかな?と・・・


豊かな人間らしい感性があれば・・・家族の死を思う悲しみを・・・

      ケアできるなんて思わないことでしょう
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プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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