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岡先生のエッセイ  ~ごめんねといわれて~

アズキナシ100503a-l[1]

上智大学の岡知史教授のエッセイから

✤「ごめんねといわれて」

精神遅滞者とか知恵遅れとか呼ばれている人たちが、年をとって40歳か50歳くらいになって入る施設がある。
ぼくが、そういう施設に遊びに行ったとき、施設の案内をしてくれた50代の当事者さん。施設を隅から隅まで案内してくれた。
例えば「ここは焼き物小屋で、僕たちはここで、いつも楽しく過ごすんだな」
「ここは食堂で、僕たちはここで、いつも楽しく過ごすんだな」という調子であった。残念ながらいつも同じような説明だし、何か質問でもしないと悪いような気がしたので、「ここは毎日使っているんですか?」「クラブ活動でこういう所も使うんですか?」と尋ねてみた。
しかし「わからない」「〇〇さんに聞いて」という。
彼には、僕の質問の意味がわからないんだと気がついた。だから彼の「僕たちはここでいつも楽しく過ごすんだな」という説明を繰り返し聞くことにした。
全ての施設の説明を終えると沈黙があった、すると沈黙を破るように,ぽつりと言った。
「ごめんね」
「え!何がですか?」
「ごめんね、僕の説明、よくわからなかっただろ」
「・・・・・・」
「僕はね、どうしてかわからないけど、うまく説明できないんだ。わかっているんだけど、説明しようとすると、わからなくなってしまうんだ。ごめんね、僕の説明、よくわからなかっただろ、ごめんね」
彼が「ごめんね」という言葉を何度行ったのか、よく覚えていない。
しかし彼のその言葉は、僕の胸に何度も木霊のように響いた。
彼は実に真剣に、せいいっぱいの説明をしてくれていたのだ。
あのとき「ごめんね」と
いわなければいけないのは、きっと僕のほうだったのである。

「ごめんねといわれて」より抜粋

岡先生の
「知らされない愛について」
「ほんのすこしの神に近い部分」
「砂の山の穏やかな傾き」

何度も数え切れないほど読んでいる
 理不尽さに耐えられなくなりそうな時・・・読む

その時々の心境で 心に響くエッセイがある
「ごめんねといわれて」
 「知らされない愛について」
「失われたいのちの意味について」
「人間の深さ」
「差別意識について」
「ずるい人」
砂の山の穏やかな傾き」
「ゆるされてあること」
など・・・

人へのやさしさを
  持ち続ける事の難しさをおもう

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藍たなけん

Author:藍たなけん
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仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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