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悲しみは愛であるということば

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27日は、内閣府・厚労省・文科省・国交省・警察庁の担当者との話し合いです。
今日、議員秘書にお願いして、要望書を提出。

無駄なような、話し合いですが、5年間続けてきています。

私たちは自死遺族の問題に特化した要望です。

自死防止対策は、また別物ですから。
他の団体と共に、厚労省には要望しています

 県にも市にも陳情に行く予定・・・

  コツコツと活動をすることは基本~
でも、要望も意見も伝えなければ伝わりませんから、書面で伝えることにしています。

*****************

岡先生から頂いた「悲しみもまたわたしのもの」「悲しみは愛しさと共に」
悲しみは愛しているから~という言葉は、
    行政の支援者やこころの専門家という人たちに傷ついていた私には、「これだ!」と、
「愛」という言葉が輝いて見えました。

愛する大切な家族の死の悲しみを、「末期ガンの患者が自分の死を迎える日々の悲嘆」と同じように考えたことが、とても強引だと思います。
「同じ悲嘆だから」って・・・いうことらしい。

そして、何度もいうけど、宗教者が自分の力で人々の悲しみをケアしてあげようとしていることが、間違い。
宗教者は、神様や仏様の手となり足となり、使い人として、(自分の力ではなく)人々を救うもの・・・

宗教者が神様や仏様の教えを信じ伝え広めないで、グリーフワークという作業をさせて、悲嘆からの回復をさせようって、変!!
誰よりも神を信じ仏を信じる者が宗教者ではないのだろうか

  ・・・宗教心ゼロの宗教者

一般市民はそれでもいいけど・・・宗教者が信じていないのは・・?????

神様や仏様はグリーフケアを唱えていませんから・・・学んでケアできると教えていませんから・・・

 神様や仏様は「愛」に溢れています「慈しみ」に溢れています
  すべてをお許しくださるのです

(私は特別に信仰心は厚くないです・・・普通のお寺さんの檀家です)

 人間がどうにも出来ないこと・・・死・・・

太古より、人は悲しみ苦しんだ・・・死という別れ・・・

だから、あの世を信じ、会えることを信じ、宗教が生まれたのだとおもう

    素直に会える事を信じて生きています。
一日一日、会える日が近づいています・・・

  亡き人に誉めてもらえるように生きなければ~~
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プロフィール

藍たなけん

Author:藍たなけん
FC2ブログへようこそ!
仙台に住んでいます。
青森県津軽生まれ、B型 うお座 
主人と二男と3人暮らし
自死で長男を亡くしてます。
「悲しみは愛」「悲しみは愛しさと共に」「悲しみは私の体の一部」「悲しみを奪わないで」「悲しみを消そうとしないで」などを広めています。

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