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遺族として生きる事をやめる遺族たち・・・(それぞれの生き方のひとつ)

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久しぶりにブログを書こうとして・・・
書いていたら 音声で読み上げるという操作をスイッチオンしたらしく
    ブログを書いたそばから読み上げる声が消えず
   仕方がないので  ブログを書くことをやめて削除した
     
     あらためて 書こうと思ったら さっき書いた言葉が浮かばず
        全く違う内容になりそう

あ!そうそう
    一つ思い出しました
自死遺族として生きることをやめる人はそれなりに多い・・
   自死遺族の会を立ち上げたり・・・スタッフとしてだったり
    と・・・自死の問題にかかわりを持っていた遺族の中で  
自死の問題とかかわるのをやめて生きて生きたいという遺族
    様々な理由があるのだろうと思う
                私はできそうもない

息子が逝き 自死遺族という立場で活動をしてきた
そもそも 活動は好きではない
   ボランティア活動も好きではない
 支援も好きではない

    支援を受けないように・・・ボランティアの世話にならないように・・・
        と 生きてきた

    私なりのボランティア活動は
 支援を受けずに生きる事もその一つだと思い生きてきた

   だから 今の活動も自助グループとしての活動
  
  息子が生き返ったら  即やめる
       無責任であろうが  息子が生き返ったら  自助グループの活動ではなくなるから・・・
    遺族ではない人たちが  
      無償でないにしても  自死の問題にかかわってくれている事が
            不思議な気がする
  私は遺族にならなければ  全く関心を寄せずに生きていたと思うから

   蔑むこともないが  関心もなかった

     自分の事 家族の事だけを考え生きていた

  ある日突然息子が逝き
   自死のど真ん中で生きることとなった

   自死というを考え活動を続けている事で 息ができている
      息子が生きていた時のような幸せな100パーセントの世界では 息がつまってしまう

       遺族として生きることをやめる人たちを目の前にして
                    そっか・・・そうだよね そんな生き方もあるよね・・と 漠然と思う

        私にはできない生き方だから・・・

      自死の問題は深い  闇も深い
         自死をビジネスとする人たちも多い

    また 自死の問題に遺族当事者が参画しないと  とんでもない事にもなると感じている

      ほとんどの自死の専門家という人たちの参考文献は海外である

 日本の文献はほぼない
               日本人は海外のひとの研究論文をもとに・・というより
   海外の対策そのまま 日本の対策にあてはめることしかしない
     
         風土文化死生観宗教観・・・等  その国その国によって違うものがあるのにもかかわらず・・である

       自死遺族の悲しみについても
                 悲しみを知らない人たちが 
悲しみが全身に沁みている遺族に悲しみというものについて教える・・・グリーフケアが支援者間では浸透する日本
   そもそもグリーフケア発祥のアメリカで否定的な見方をされているグリーフケアが
          悲しみの指針となっていることが おかしいのである

     遺族への対策  その内容が遺族を小ばかにした
      蔑んだ内容であることに  声をあげず  そのまま ありがたく受け取っている事が
 また 遺族を蔑むことへつながる事に想いを馳せてほしいと思う

      また自分だけ認められたらいいというのではなく

      自死全体自死遺族全体の問題として 

          考えてほしい と 思う

 権威ある人の参加に入るのではなく
  同等の立場で 活動してほしい  そう思う

   ・・・・・・遺族の活動の限界は  継続の難しさ

      継続は力です

     今、車いすでの外出は普通 旅行も普通
      運動することも普通
昔は考えられなかったこと・・・

    それは 社会に訴え 発信し続けてきた当事者がいたから


        自死の問題も同じ  
これからも 発信し  続けていこうと思うimages.jpg


     
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