喪われた子供のいのちを無視しての論議が続く仙台市

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昨日仙台市議会「いじめ問題等対策調査特別委員会」
   を 傍聴してきました。

「有識者からの聞き取り」という事だったのですが
 有識者(中学校校長・臨床心理士の准教)の講演
一人40分 原稿を読み上げての講演
二人の講演を詳しくメモ

 感想は 折立中学校の調査委員会と
   南中山中の再調査委員会を教育機関側を優位にするための準備

二つの学校の自死の案件は「いじめがあった」ことは
  アンケートなどで公になってしまった
   体罰も表に出てしまった

  ではそのいじめをどのように正当化できるのか・・というのが
  仙台市の考えのようです

いじめられて死んだ子供に責任がある
いじめられて死んだ子供は いじめられても仕方がない子供だったという事らしい
  
発達障害 またはグレーゾーンの子供は
何気ない一言
 いじめではないのに
   いじめられていると感じる傾向がある

 からかっているだけなのに
   過剰に反応する傾向にある
  
しかも 落ち着きがなく
   他の子供たちの迷惑を考えられず
   騒いで、授業にもついてこれない

だから
いじめているのではなく
   いじって  冷やかしているだけ

 授業の邪魔をする子供だから
  腹いせの場合もある

 他の子供とコミュニケーションズが取れないことが問題

周囲ともトラブルが多く
   授業の進行が妨げられる
    
そのような子供は 支援学級に行くのがよい

    普通学級にいるから いじめられる


 いじめられる子供の親もまた 自己肯定ができていない
   子どもへイライラをぶつけている
 問題を抱えている家庭が多い


 10パーセント・・12パーセントの子供が発達障害とグレーゾーンだ
  
だから支援学級や支援施設・精神科機関につなぐ必要がある


 いじめは 発達障害とそれを認めない親の子供(グレーな子供)
   が
普通学級にいるせいだ
  支援学級や支援施設で学べば いじめは起きない
という結論のようだ

発達障害とは生まれつきという認識の校長

体罰(粘着テープを口に何重にも張っての授業)
体罰(げんこつで頭をたたくことが日常的)
これらも
 体罰ではなく指導の範囲
     マスコミが大げさに騒いだせいだ
      過剰なマスコミの取材と過大解釈をしている

   という話しもしていた(市役所)

いじめられている子供は
いじめている子供を友達だと思っている
 しかし
いじめている子供は
いじめている子供を友達だとは思っていない

発達障害だから 友達が欲しくて
   いじめられても くっついていく
  
また
調査委員会の公平性を保つという意味を勘違いしているようです

 本来は 学校側が選んだ人・遺族が選んだ人・半数がベストだと思うのですが

遺族が選んだ委員は遺族目線になるから
  公平な人たちではないという発言があった

   学校側が選んだ委員は 文句なく公平性を保てる人という認識らしい

   学校側が選んだ委員は学校側に優位な解釈になるのではという疑念はないのだ

遺族が選んだ委員だけが遺族側の目線になるのでは・・・という考えは ビックリだった

  だったら  
仙台市と関係の深い仙台医師会や元仙台市の職員の委員は公平性があるのだろうか


   遺族は 教師や生徒を犯罪者にしようとしているのではない
    人間は間違いがある
自死に追い込もうといじめたのではないだろう
  自死に追い込もうと体罰をしたのではないと思う
  でも 
 事実は事実  
いじめた同級生が 体罰をした生徒が 自死したのです

   ごめんなさいと言いましょうよ

もう二度と いじめはしませんと言いましょうよ
  体罰はしませんと死んだ生徒に誓いましょうよ


   喪われた命に謝罪し
  二度といじめや体罰をしないから許してというだけでいいんです

    過ちは誰でもありますが  その過ちを認めて生きなおすことができるか
     過ちを認めず 自分を正当化して生きて行くのか・・・

   人としての生き方が問われるのです

 
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