黙とう

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長男が亡くなった時
  のどからお腹まで一直線に 激痛が走り
  それがずっと続き、息ができないほどの息苦しさと痛み
     そして 突然意識不明になり ひっくり返る
   そんな状態を改善しないと葬儀もできないと思い
  精神科に行き、激痛はとめてもらった

   今でも 時々
  激痛ではないが 胸が痛み・・・息苦しく
胃もお腹も・・胸も痛む
   
それは 言葉を失うほどの憤りを感じたときに起きる

***********
     黙とうは嫌いです
シンポジュウムの時に  自死した人への黙とう・・
  会議が始まる前にいじめ自死で亡くなった子への黙とう
  議会の前・・とか
様々な場面で黙とうが行われる

   いら立ちを覚え 息苦しさを感じる
そんな時
  私は黙とうをしない

   法話の会で阿弥陀様に向かい  手を合わせてお念仏をするのは
          スッと心に収まる

   心のない黙とうは いら立ち 怒りすら感じる

  会議は会議をしたらいい
    議論は議論をしたらいい

 祈りの時間は祈りの時間で設けたらいい

    それなりの雰囲気で・・・場所で・・・

日本人は黙とうがお好きのよう

   会議室で ただ黙とう・・・なんて  安易で・・粗末にされている気がする
     大切な命なんです
 
  震災で亡くなった人たちの慰霊祭
  と言いながら
    遺族は後ろで 主賓は有識者たち
       祈りは少しで・・・あとは復興の話

  遺族は傷ついています

    会議もシンポジュウムも  祈りの場でありません

     祈って頂けるなら
祈りの時間と場を設定し 祈りをメインにしてほしい

 あれもこれも 混ぜなくていいのです

   形ばかりの黙とう

その後の会議も形ばかり

    それなら 黙とうよりも 会合の中身を充実させてください

  自死をなくするために 真剣に議論をしてくださる方がありがたいです

     憐れんでほしくない
        息子をあわれまないで欲しい

 哀れな人ではないのです
             
    上から目線の黙とうなんて・・・

      支援者の幸せの・・・満足を得るために 死んだのではありません

     亡き人に思いを馳せる事は
             思いやる気持ちが希薄な人たちには無理です

      見当違いの好意や善意は  当事者を傷つけます

    大多数の当事者は  「え!」と思っても
「ありがとうございます」と社交辞令でいうのかもしれない

   わたしは 社交辞令は得意だが
    遺族という問題では社交辞令は言わない
   
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