わかちあいとは・・同じ悲しみ・・同じ苦しみ

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自死遺族の自助グループになぜこだわってきたのか・・・

   それは自死という事を言えない遺族が多いという事があります

 病気で・・・事故で・・・と 家族の死を正直に言えない

   自死したんです・・と 言えない  人が多いのが 自死遺族です

知られたくない

     どんな目で見られるか  どんなことを言われるのか・・

          怖い

    そんな気持ちの自死遺族が

      他者(遺族以外の人)に 自死した家族の事を心底言えるでしょうか

        自死遺族同士の集いが  他者がいる集いと一番違う事

       単純明快な違いは   知られたくない他者がいない事です

         みんな自死遺族だから

             他人に知られたくない…遺族が
他人のいる支援者の会に行くということは 他人に知られるという事です

        どんなに勉強しても 所詮机上の空論

   痛みも悲しみも苦しみも悩みも

    想像でしかありません

  想像での悲しみと  実際の悲しみでは  天と地ほどの違いがあります

   他者は    悲しいだろう
悲しいよね  悲しいと思う

    遺族は そうそう・・そう 同じ・・・わかると言える

           頭痛の苦しみや 歯痛の痛み
           お産の痛み

     実際にいたくない人には  わかりっこない

          痛んでみて はじめてわかる

     痛んでも  痛みの程度はそれぞれ

      でも 痛いのは実感として理解できる

    悲しみも同じ

   遺族同士だって  全部はわからない

     悲しみはわかる 自分も抱えているから

 今も  こうして書いていても悲しみがあるから

        わかる

でも その人自身の悲しみはわからない

  その人の悲しみはその人のものだから

 その人の愛する人と その人の間に沸き起こる感情の一つだから

   その人以外にその人の悲しみはわからない

 ましてや  幸せな人が
  どんなに本を読もうが  教授から学ぼうが
    シスターから研修を受けようが

   所詮  想像の悲しみである

   同情はされたくない
    憐れんでほしくない

       悲しい人たち・・なんて  思ってほしくない

     人はいつ 突然 愛する人との別れが訪れるかわからない

      悲しい人を癒やしてあげたい  なんて思っている人が
        いつ遺族になるか 誰もわからない

    自分が自死遺族になって 誰にも言えないとしたら
        他者のいる会に行けるだろうか

    行けない人が大勢いるから  自助グループにこだわってきた

   せめて 同じ遺族同士なら・・・

       しかし  支援は「総合支援」の実現を目指してきました

         わかちあいは 自助グループ 当事者だけで

      総合支援のためには  それぞれ様々な専門家との連携

     わけて 活動をしている

 遺族がその時その時で 必要なものを選べるように

   遺族に元気で生きて欲しいと ただただ ひたすらに願い続けています

 もちろん  私も私の家族も元気にimages7A4T5CA6.jpg
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