体験的知識とは

無題

息子のお墓のある正円寺の境内にある桜 
   ピンクの桜が散ったころに~八重桜と同じ時期

「 新たな自殺総合対策大綱の在りかたに関する検討会 」

明日5月26日  最終会議が開催される

     委員として参画し 意見を述べてきた
 もちろん提言書も提出してきた
   明日の会議が終わると 今度は厚労省からパブリックコメントが募集される

一人でも多くの遺族からのコメントが届くことを願っています
 
    遺族の声が反映されない遺族支援
        反映されるためには~
   陰でいくら言っても届きません

       公開しての意見を届けることです

     多くの人たちは 自死に対して偏見と差別を持っています
    好んで死んだ
     自分の意思で死んだ  逃げた  卑怯者  弱い人
        みんな苦しいのに・・・
          頑張って生きているのに・・・
      苦しみに弱い人  忍耐強くない人
   貧乏人  知識のない人
     祟られる  お化けになる
   浮かばれない   あの世に行けない
   地獄に落ちる
            うらめしい・・・
おぞましい  ぞっとする  気味が悪い
       遺伝する 

遺族の傍に近寄ると 不幸が移る
 
まぁ・・・・それはそれはたくさん・・・の偏見と差別

  だから  ほとんどの遺族は 自死という事を隠して生きている

     日本は「支援者」が偉くて  「当事者」は 下に見られる

   本来は対等である       障がい者の当事者運動は 対等の立場まで 高めてきた

しかし
自死遺族の運動は  そこまで広がっていない

  まだ11年の歴史しかないのですから・・

    これからの活動の継続次第~

  支援者を否定はしないが
  支援者が当事者よりも わかっているというのは 間違えである

  当事者のことは当事者自身が一番わかる

ある認知症の家族の話

  研認知症についての修会
偉い先生が来て講演・・・
認知症とはこういうものですという内容がほとんど

認知症の家族の介護をしている家族にとって
  認知症とは・・・と説明されなくても 毎日24時間認知症の家族と暮らしているから
    認知症とは・・・が よくわかっている

 具体的に こんな時はどうしたらいいのか・・という事を学びたいのだといっていた

自死遺族も同じ
 自死遺族支援のための研修

遺族支援の団体代表という肩書で
  自死遺族のことを語る
時々
 支援団体の遺族のスタッフが語る

 遺族個人の体験は 誰も反論できないが
       それが支援の全てではない
それはその人個人の体験に過ぎない

 公的な支援をどうするか・・という研修は

    もっと多くの遺族の声を集めたものであることが必要である

 この間 国の対策の中心の機関に行き、遺族への支援について
少し話した・・が
 初めてです…そんな話・・・という事がたくさんあった

    たくさんの遺族とのつながりがなければ 気が付かないことが多い

 耳の不自由な遺族・・・聞こえない遺族
   その人が「わかちあい」の会に参加したい・・と望んだ時
      どういう準備をしたら「わかちあい」に参加してもらえるのか・・・

   妊婦さんの遺族・・・
  生まれたばかりの赤ちゃんを抱えている遺族・・

 車いすの移動の遺族

      高齢者の遺族
                 家族全員での参加希望の遺族
    ・・・・・
・・・・・ 一人ひとり 事情が違う

   そんなことを 想定もしないで  「わかちあい」の開催をする支援者  

  そして「悲しみ」以外の相談ができる「支援」機関の設置

    それも 多くの遺族支援団体は 考えていない

   私一人の体験は 支援の幅は狭い

   10,000人の遺族の声は  10,000通りの支援が必要となる

     それに気が付かない 支援は  深い支援にはならない
    上っ面の
       支援にしかならない

   上っ面の支援も必要だけど

   支援の全てではない
                       研修するほどの支援ではない9e950a7af07f5498f0c0ac489158043e26d95154_95_2_9_2.jpg
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント