年を重ねると悲しみも増えて行く

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お世話になった人が亡くなった

お別れ会に行こうと思う

  年を重ねると 親しい人との別れが多くなっていく

 長男の死は 胸に今も鉛を抱えているように 重たい悲しみとなって存在している
  心が快晴になることはない
笑っても 心の底が重たい
  笑いながら 胸の奥にある悲しみを感じている

   深い悲しみの穴もある

    時々 落っこちる

月日が 悲しみの落とし穴の場所を教えてくれる
  それでも
思いがけないところに 穴があったり 地雷がある

  落ちないように気を付けていたら 地雷を踏んだりする
  地雷を踏まないようにしていると  穴に落ちたり

   悲しみはいたるところに潜んでいる

      親も6人逝った
 
祖父母も・・・いとこも
   友人も 級友も 親戚の親しい人も
お世話になった人も

数多くの死という別れを体験してきた

   物心ついたときから数えたら  何十人・・いや百人・・二百人・・?

   悲しみなんて 勉強しなくても  生きているだけで悲しみがある

  親しい人との別れのない人生を送っている人っているのだろうか

   祖父母や両親との死別の体験はある程度年を重ねたら 
       ある・・と思う
  それでも

 悲しみを 本で学ぶ人たちって  理解できない

    どんなに学んでも 対岸の火事 

    机上論
         体験に勝るものはない

    体験した人は 悲しみは癒せないことを知っている
   体験した人は 悲しみは消せないことを知っている
      体験した人は 悲しみは愛だと知っている

     シドニーの自死遺族支援の会議では グリーフという言葉は聞いたけど

  グリーフケアという言葉は聞かなかった

  グリーフは ケアと結び付けていない

        悲しみは小さくならない  とも言っていた

    遺族の悲しみの考えを
   そのままに 受け入れているのが 国際的な考え方のようです

     支援者たちが 遺族の悲しみをケアしようとしていないのが 楽だった

     無理せずに ありのままで 語れる雰囲気がある

  日本の自死遺族の支援者と自負している人たちは

       どこか 上から目線を感じる

       そうでない人もいるが 少数

   私は悲しみを学ばなくてもいい
  教えてもらわなくていい

     身体の芯まで悲しみに染まっていますから

        でも 元気です!cid_6C797095-AF56-4B7E-AA99-6E456D904C26.jpg



 
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