悲しみに精神薬は必要ない

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愛する人を亡くして・・・悲しくて・・・精神薬を飲んでいる人が多い
   飲んでいる人に聞きたい

飲み続けていかがですか?

   遺族になってから 飲んでいる人たちのほとんどは
         飲んでいない人たちのほとんどの遺族とは時間の流れが違う気がする

    自然な流れになっていないような気がする

   亡くした当時 すぐの頃
   激しい悲しみと苦しみで 気が狂いそうになり
          胸が痛く、頭痛がして 朝から晩まで 寝ないで泣いているころは
  安定剤も必要だと思いますが

    少しでもご飯が食べられたり 眠れるようになったり
       家事も少しできるようになったら
   飲む意味がない
飲む必要もない

   トラック一杯の薬を呑んでも
      愛する人は生き返らない
生き返らない限り
  悲しみは消えない…薄くもならない 軽くもならない

    薬を飲んで どうにかなる問題ではない

     薬を呑み続けている遺族は  
          元気にならない

  感情の起伏が激しく
       ドーンと  悲しみの奈落に落ちる
   気力も失われているから 這い上がる力もない

それは 精神薬の副作用
  脳神経が薬によって支配され 自分ではない自分がそこにはある

 薬は 病気だから飲むもの
 精神薬も同じ
    どの薬も病気だから処方されるし、飲む

悲しみは病気ではない

病気でないのに 飲み続けていたら  どうなるのか

     副作用だけが効果が出てくる

       悲しみは病気ではない
    したがって 精神薬を飲み続ける必要なない

悲しみと共に
悲しみもまた私のもの
悲しみは愛する証
  愛しているから悲しい

愛は消したくない
   だから悲しみもまた消したくない

     精神薬を飲み続けている遺族は
          飲めば飲むほど 精神病を患う・・本物の精神病になっていく

   一人で減薬や断薬が厳しい遺族には
       やめさせてくれる医師を紹介してきた

  悲しみには 精神薬は何の役にもたたない

   同じ悲しみを持つ遺族たちとあい
  共有し・・支え合い・・・
     つながりあってなら 生きられる

   悲しみを愛しみとして抱えながら

  喪われた命の意味を伝えながら

      労災の申請も いじめの問題も
  丁寧に確実に 喪われた命に尊厳を感じてくれる弁護士でないと
     なかなか遺族の意向には沿ってくれない

    弁護士は 自分の問題の専門家ではない
 法律の専門家だけど
    自分の事案の専門家ではない

  弁護士の選出も 大変です

   情報が少ないのも 遺族を混乱させ
   さらに追い込んでしまうことになっていると思う

 できるだけ情報を発信させていきたいと思うのですが
     能力が追い付かない

ただこれだけは 言える

 悲しみは病気ではありません
 だから精神薬を飲み続けては 危険です

本当の意味での 精神病になっていきます

     悲しみは愛する気持ちから沸き起こる感情

   亡くなった人を愛している限り  悲しみも続くのです

     悲しみが軽くなるのは  愛も軽くなることと同じ

     抱えて行くていく 覚悟をどこまで持てるか

    亡くなった人が 生きている私たちよりも 悲しく苦しんだ

       生きている遺族が 亡くなった人よりも悲しい苦しいというのは

             ・・・・私はできない

   苦しみ悲しみ逝った息子のために
      親として 何かを・・・と思い 生きている

    息子が生きていた頃のようには生きない・・生きられない・・生きてはいけない

        と思っている
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