愛を知らないグリーフケア

miyamakaidou[1]

グリーフケアってなに?

 私はグリーフケアの専門家に傷つけられてきた

  本を読んでも 専門家と話しても
     傷ついてきた

   悲嘆・・・という表現が嫌い

   かなしい  か・な・し・い
    悲しい 哀しい カナシイ 愛しい(かなしい)

   愛しいという文字でかなしいと読むのが一番しっくりくる・・・かな・・・

それでも 足りない

 人間が作った言葉では表現できない感情があることも事実
    
   深い深いかなしみを  悲嘆 なんて 文字で言葉で表現し
   しかも悲嘆の回復という考え方  
   悲嘆からの回復って何ですか

   愛する子供が亡くなり 今でも悲しい
     11年が過ぎても 悲しみは消えない
      消えるわけなどない
今でも健一を愛しています
  だから この世にいない健一に会えないことがかなしい

    悲しみがあっても 普通に元気に明るく生きています

   グリーフケアを学んでいる人たちは
    人の感情を 生きるという事を
        悲しみというツールでしかみていない

   生きるという事は 複雑な感情が入り乱れての生活

     生きて行くための日常生活の仕事がある

    悲しみがあるからと言って  24時間泣いているわけではない

      生きるための作業がある

そのことを認めず ただただ 悲しみという感情の存在だけを気にする

    悲しみという感情が人生の邪魔者のように扱われるのが グリーフケア

      私はそうは思わない

  息子が逝き 深い悲しみを抱えている
  が 深い愛も知った  深い信頼も知った
     人の心の深さも知った

 知らないほうが幸せだった
   知らないで傲慢な人生のほうが幸せだった
     
   でも 知ってしまった今を

      知らない人たちから 憐れまれたくない

       悲しみはいつ突然やってくるかわからない

   幸せな人たちは 幸せなままで生きたらいい

     悲しみを抱えた 人のケアをしなくていい
 できないのだから

    幸せなままで生きて行ったらいい

   

         子供を亡くした 私の悲しみをどうやってケアできるというのでしょうか

  悲しみなんてどうなるのか知らないから
  悲しい時に出る症状を学び
  悲しい時に人があらわす表現を学びたい って

 ずいぶんと傲慢ではないでしょうか

       ご自身の愛する人が亡くなったら  学ばなくても
 学んだ事が役に立たないくらい 深く理解できますから

   一生自分には関係ないことのように 悲しみを学ぶ必要なんてありません

    いつか体験することになりますから

   愛する ご両親 愛する夫 愛する自分

      愛する兄弟 愛する子供

     愛する誰かの死を  自分が生きているうちに体験しますから・・・

      生きているうちに愛する人の死を 一度も体験しない人はいません

   それとも 誰のことも愛していない人生なのでしょうか

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