11月8日 0時

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神戸新聞の記事
     自死という言葉で掲載してくれていた

 沖縄から北海道まで 各地域の新聞社に「自殺」から「自死」への変換のお願いを書面で送った
    個々の記者やジャーナリストは「自死」という文字で書く人も増えてきたように思う
漫画家も自身の漫画で「自死」と書いている人もいる

     自死という言葉が主流になった時 本当の意味の自死対策ができたといえる
         遺族が求めている支援を無視して
              遺族の支援をしているとは言えない

 支援者だけが納得する支援を押し付けてもそれは遺族の支援ではない
     支援の対象者である遺族の求める支援をできる限り実現することが支援である

遺族が自死という言葉での表現を求めているのに
   あーだこーだ・・と屁理屈を並べて  自殺でいいという言い人はもはや遺族の支援者ではない

    そして遺族も様々であることを 理解せずに
        一括りに決めつけての支援は  傲慢ですらある

 社会には様々な人たちがいる

 それと同様に 遺族も様々な人たちがいる

          一人ひとり違う

    お互いに認め合いながら  生きていけたらと思う

     かわいそうな人たちではない
 哀れな人でもない
       悲しみを抱えた人たち・・・
     悲しみを抱えている人イコール可哀そうな人ではない

     幸せな人たちも いつ 悲しみが訪れるかわからないのが人生

        親もいつまでも生きてはいない

  いつかは 別れがくる     子供も自分も病気や事故にあわないと誰にも保証できない

       認知症になったり  ボケたりするかもしれない

          死ぬまで 毎日が楽しく ルンルンと暮らす人なんていない

       諸行無常・・・明日のこともわからないのが人生

            生きていることは奇跡

   息子を失い  あの頃の幸せを感じる

      幸せだという事に気付かず   不平不満ばかりだった

自死遺族は1年間に15万人と言われている
   10年で150万人 20年で300万人

    自死とカウントされていない  行方不明者  身元不明の遺体
            不審死の遺族
 合わせると 1年間に遺族等は50万人ともいわれる
    10年で500万人 20年で1000万人の遺族
  決してマイノリティーではないのが自死とその遺族

   自殺ではなく

 自死という言葉をもっと広げていきたいと思っている    
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コメント

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先日、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーの話を聞きに行きました。大学の先生が自殺について、一度だけ自死と発せられました。
他の方にそのことを言ったら、わからない言葉だったので、聞き逃しました、とのこと。
一部では自死は通用し始めてますが、まだまだなんだなあ~と感じました。
どちらを用いるかは、それぞれの思いがあるでしょうが、とにもかくにも、自死という言葉があり、なぜその言葉が出て来ているのかを知って欲しいと思いました。