わかちあいは総合支援の一部

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 支援

 自死遺族支援

 悲しい気持ちを語り合う「わかちあい」
だけでは
  総合支援にならない

 生きて行くための総合支援が必要だと訴えてきた

     しかし

  支援の多くは「かなしい」という心の支援だけを目的としている

    多くの自死遺族の支援団体は「悲しい」ケアだけ

全国自死遺族連絡会は総合支援

     考え方が違う

  全国自死遺族連絡会が  悲しい気持ちを語り合う「わかちあい」は遺族だけ
             法的問題はそれぞれの専門家
          行政の福祉資源が必要な場合もある

  だから 区別して分担して  連携したら 総合支援になるのです。と訴えてきた

  ところが 法的専門家の資格もない
       遺族の話を聞く以外に なんにも資格のない人たちが
(口が悪くてごめんなさい)
   
     悲しみは愛しさだとか悲しみは取り除けないとか
     悲しみもまた私のもの・・と遺族に言われると

    支援する出番がない・・・だから

        遺族だけの活動を排他的だとか
         攻撃的だとか いうのだと思う

    普通にわかちあうことは遺族同士でできる 遺族同士でなければ   
      わかちあいにはならない

    わかちあうことだけでは 元気になれない遺族は
  セラピストや 治療になるのだと思うが

 そんな資格もない人で・・・でも遺族の支援がしたいという人は
     悲しい話を聞くボランティアになるのだろう・・・

    癒したい人の卑しさ

      悲しんでいる遺族が望みらしい

     でもあまり悲しみが激しいのも困る

      適度に悲しい遺族の参加があって

 いつまでも元気にならずに  悲しみに暮れていたほうがいいらしい

  かわいそうな 哀れな遺族が望みのようだ

    だから 私はそんな人たちには煙たい存在のようで
          陰でいろんなことを言われている

 でも 私は気にしない

     総合支援を目的として 活動をしているから
      

   息子のまなざしを いつも感じて
  息子と共に 悲しみと共に 活動をしてきたしこれからも続けて行く

     いつも健一がいるから
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