症状と感情

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  自死という問題と関係ないと思って生きている人たちがほとんどだと思う
私も
関係のないことだと思っていた
しかしある日突然 長男健一が自死
  あの日から 自死の問題のど真ん中で生きてきた

自死の対策は国が税金を投入して対策を行っている
その額~300~400億円
 毎年です、毎年。
47都道府県もその中から補助金を受けて対策をしている

その中に「自死遺族の自助グループ等支援」という項目がある
  しかし 自助グループが支援をしてくださいと要望しても拒否する自治体がある
      不思議なことです

 でも遺族たちは自分たちで活動をしている

それも「総合支援」を!!!

 「悲しみ」は消えない
   「愛する」気持ちが消えない限り消えない
愛する気持ちは 家族が死んでも消えない
   亡くなるとよけいに愛が深まる気がする
    喪ってみて こんなにも愛していたことに気が付く
  生きていて当たり前すぎて
    生きていることが前提だから
 
良い面ではなく 欠点だけが目につき 文句を言う
   ほめたりしない
      早く起きて!とか 早く食べて!とか
  酒飲んで!とか 夜遅くまで起きて!とか
      寝てばかりいて!とか
まぁ~いろんな不満をタラタラ言って暮らしている人が多いと思う

傍にいるのがあたりまえの人が  突然逝ってしまい
    なぜ?どうして?

不満を言っていたことが 後悔となる
    取り返しにつかない後悔
自責の念に苛まれる

    こんなにも大切な存在だったのだと 後悔

これほど愛する存在だったのだと思い知らされる

      だから「悲しい」

 愛しているからこそ 沸き起こる悲しいという感情
    それを
  取り除こうとする他者~支援者が増えている

    悲しみを抱えて生きている人たちは 
        愛する人の死から 人への思いやりを学ぶことも多い
  悲しみを 
   亡き人からの愛のメッセージと受け止めて
      生きていることへの感謝と 全ての人への慈しみを持つこともできる

それは悲しみを味わったことがない人よりも
     深い心を持つことになるはず

      悲しみは 悪いものではない
  
   好んで悲しみを抱えたいとは思わないが
       息子からの重たい問いかけだと思って 受け止め続けようと思っている

   私の悲しみは 他者である支援者に とやかく言われたくない
    私と息子との間にある悲しみに 誰も入ることを許さない・・

  悲しみを何とかしようと思う人が増えている日本

        何とかしようと思っている人たちに聞きたい
幸せですか?
 本当に死別の悲しみを体験したことがありませんか?
   かわいがってくれたおばあちゃんやおじいちゃん・・・親戚でも誰も亡くなっていませんか?

 20歳くらいまでの間に  多くの人は
    父母・祖父母・叔父叔母・・いとこ・・級友・知人・近隣住民・・・知り合い
       友人・友人の祖父母などなど・・・
一人の死は経験すると思いますが・・・
   その時 かなしいという気持ちにならなかった人たち
     が
 他人の死別のケアに興味を抱くような気がする

  自分に死別の悲しみの体験があったと思える人は
        その悲しみがケアできるようなものではないと思うはずである

それとも
     自分は特別な存在で 人の悲しみをケアできるとおもうのだろうか

  悲しみに鈍感な人たちが 悲嘆の回復などというものに興味を示す気がする

     かなしいという繊細な感情のケアをしたいと思う人は
            関わってほしくないと思うような人が多いのも皮肉である

  悲しみという感情は自分の心

しかし 悲しみ以外の支援は それぞれの専門家が必要
   やってほしい支援はたくさんある
 
 やってほしい支援には 関心を示さず
       支援できないこころの支援に支援者が殺到する

    人の苦しみや悲しみという  人の心を救うという
まるで神様にでもなったような 救い人に 人間はあこがれるのだろうか
     人々の心を救う人になりたいのでしょうね

  英語のグリーフを悲嘆と訳したことがそもそもの間違い
     グリーフは日本語の悲嘆や悲しみではない
かなしい時に起こる様々な症状をグリーフという
 かなしい 症状と「悲しい」という感情は違う

   泣いたり 涙があふれたり
  叫んだり・・・食欲がなくなったり
  熟睡ができなくなったり
  笑えなくなったり   ・・・・そんな症状をグリーフというのです

それは 年月が過ぎて行くと 少なくなり 消えて行きます

でも・・・でも
 泣かなくなっても 涙が出なくなっても
   食欲も元のようになっても 笑顔でいても

日本語の「悲しみ」は消えていません

     ずっと心に抱えているのです

それを消すことは記憶を消すこと
      
      症状と感情は全く違うのです・・と 言っているのですが
          聞こうとすらしない人たち
   あいまいなままに  いいかげんな内容が
    王道になっていく
その程度の知識で
人の悲しみを、いかにも神様の支援のようにすり替えないでほしい

  ましてや かなしいという感情を知らない人に 
   悲しみのケアなどできるわけもない

 神様や仏様でも この悲しみのケアはできないのですから
  人間に悲しみのケアなどできるはずがない

 自分の悲しみは自分のもの

    一人ひとりの悲しみは 一人ひとりのもの
    亡き人と自分とで 語り合い問いかけ 抱え方を見つけていくだけのこと

   

  
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