愛と悲しみ・ ケアなんてできませんから・・・

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 昔々のひとたちは
かなしい を 漢字で表すときは 愛しい と書いていた
  哀しいや悲しいではない

   阿弥陀様は  愛する人との別れ   死別の悲しみは 取り除くことはできないとおっしゃっている

     愛していることを 取り除けないように
       悲しみも取り除けない・・・と

   その悲しみを抱えて、悲しみとどのように向き合い
         どのように生きて行くのか・・・
     その教えを お経の中に説かれている

  というお話を聞き、納得

      そして 私たちの主張が正しいと改めて思った

    グリーフケアは 仏教の教えとは真逆の考えであるということも聞き、納得
        日本人であって ずっと仏教の教えを聞きながら育ってきた私には
         グリーフケアに違和感があるのは普通のことだった

      祖母も子供を亡くし、母も子供を亡くし
        周りにも 多くの子供を亡くした親たちがいた中で育ってきた

    お地蔵さま信仰も・・・聞かされて育った

       自国の文化・宗教・風土に根差した死生観を大切にしたい

     アジアのある国が台風で多くの人が亡くなった時
        グリーフケアを勧めようとしたアメリカ人が支援に入った
       大反発を受けた・・と聞いたことがある

    アメリカでも9月11日のテロ事件の後に
     グリーフケアを専門とする人たちが 悲しみのケアをしようと試みたが
    その結果は 散々なものであった
      支援をする人たちだけが喜々として 悲しみを抱えた人たちには何の効果もなかった・・と
          ニューヨークタイムズが報道している

   愛する人が亡くなったから 湧く悲しいという感情
      他人が亡くなっても悲しくないのは 愛が ないから

  毎日毎分誰かが亡くなっている

 こうしてブログを書いている瞬間も誰かが亡くなっている
  でも かなしくない

   それは 亡くなった人と私の間に愛がないから   

   愛は誰にも消せない

   私と息子の間にある愛を誰も消せない 消させない

     グリーフケアとは その愛を消そうとするものである

   愛を薄くしようというもの

     しっかりと考えてほしい

   かなしいという感情は愛している人の死だからうまれるもの
     
  他人がなぜ 私が息子を愛している感情に口出しするのか・・わからない

      悲しみがあっても  誰にも迷惑はかけていません

    かなしくても かわいそうなひとではありません

   同情は必要ありません

       むしろ 悲しみがわかるようになった分だけ
           心は深くなりました

   人の悲しみも 少しだけ 理解できるようになりました

        それは 悲しみを経験したからのこと

 悲しみからのいただきもの
      返したいけど 頂いた 深い深いこころ
       人の悲しみを尊重し 大切にしたいというこころ
  人の悲しみを愛おしく思える心は
     息子からの贈り物
   いのちを愛おしく思う気持ちが深くなったのも 息子からの贈り物

    かなしい贈り物

      誰にも触れられたくない 私と息子の愛と悲しみ
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