かなしみは愛 息子のいのち

20120718174316.jpg

  愛する人を亡くしたとき
  子供を亡くした時
     のどからお腹まで一直線に締め付けられ 痛みで息が苦しくなった
 血圧があがりすぎて 気を失い倒れる
     気が付き また倒れる
  錯乱状態と冷静状態が激しく繰りかえす
     精神薬を飲んでも睡眠剤を飲んでも
        効果はない
 寝ないという意識のほうが睡眠剤よりも勝つ

    本も読んだ

もがき苦しんだ  

   長男の死を悲しみながら 次男を死なせられないとも思った
     二人とも我が子

亡くなった子を嘆き悲しむあまり
    生きている子供を忘れてしまう人もいる

   私も一時はそうだった・・と思う

「俺が死んでもこんなに悲しんでくれるの」
「ダメな俺が残って、優秀なお兄ちゃんが死んでごめん」と次男に言われたとき
 「ハッ」とした

    それから 次男の前では涙は流さない

   それでも 次男は私の悲しみを十分知っている
 また次男も悲しみを抱えて生きている

      子供の死が不幸なことだとしたら
    不幸の連鎖が起きないと誰が保証できるだろう

   次々に不幸に襲われて 次男まで死なせられない
      次男は幸せにしたい
         「お兄ちゃんが死んで もう二度と あの頃のような幸せはないよ」とも次男はいった

そう・・・あの頃のような幸せは二度とこない
   でも 次男には 少しでも笑顔で少しでも幸せに生きてほしい
    不幸になってほしくない
長男も幸せだと思っていた・・・が 逝ってしまった
      苦しんで悲しんで 涙を流して逝ってしまった

 二度と 家族には自死はさせられない
    不幸にもさせられない
     元気で笑顔で生きてほしい
 笑顔の下の悲しみがあっても  笑顔で生きてほしい
  悲しみを抱えているからこそ 笑顔で生きてほしい

    そのために 私は生きている 
家族がいるときはいつも笑顔で・・・

     一人でいるときに 泣き叫んでも   いつも笑顔で

 かなしいかなしいかなしいと言わなくても
   家族は悲しいことを知っている
    亡き長男も十分に知っている いつも見ているから

   「ごめんね・ごめんね・ごめんね・・・」と左の脳に聞こえた日から
  苦しんで逝った子供に謝らせている私を恥じた
    悲しんで苦しんで逝った息子に謝るのは私なのに
  亡くなった子供に「ごめんなさい」と言わせる母親の私を何とかしなければと思った

   その日から どう生きたらいいのかを 模索し 今がある

    今、長男が生きていたら と思う
      あの当時と同じ状況が起きたとしても
     今なら 生きた・・・はず

   生かせたはず  助けられたいのち 今なら

    息子を救える方法が 支援の原点となっている

     自死の活動の原点が息子のいのち

虚しくなることもある 生き返らないことが現実だから
      なんで他人のために・・と思う時もある
 しかし
  何もしないで 悲しむだけでは親として息子に申し訳ない
    子供のいのちを 救えなかった親だからこそ 
    少しでも一人でも他の命が生きる糸になろうと思う

もちろん 遺された家族の元気のためにも

   涙は今も流れる
    胸も苦しくなる
虚脱感に襲われることもある
   
 でも 家族のために 亡き息子のために  元気に生きようと思う
  かなしみは私自身
   私にはいつも悲しみがある
      それは 息子への愛の勲章
   息子を愛しているからこその悲しみ
      息子への愛の誇り
ずっとずっと 息子を愛している
  だからずっとずっと悲しくていい かなしみは息子のいのち
     
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント