法話と茶話会

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 阿弥陀様の教えは  愛する人との別れは苦しみであり悲しみである
              昔から かなしいという言葉は愛しいと書いて表してきた
               愛するということを消せないようにかなしみもまた消せない
        その人自身が亡き人を愛している気持ちは何人たりとも消してはいけない
      阿弥陀様は かなしみは消えないがかなしみを抱えたまま・・どのように生きて行ったらいいのか
          その教えを説いている
  その教えを伝えるのが宗教者・僧侶である
     その教えを伝えて頂き、遺族がどのようにその教えを受け止め、悲しみと向き合うのか、それはその人自身である
    グリーフケアとは真逆の教えである
       臨床宗教師というものがブームのようですが
     日々の暮らしが僧侶は臨床である・・・あえて臨床宗教師という資格を取る意味は何もない

   阿弥陀様の教え、お釈迦様の教え、法然さまの教えを真剣に深く学ぼうとしたら
  一生かかっても学びきれないものです

     心は深さで表すように 誰にも見えない 誰も図ることはできない
      心に寄り添うというが その人の深い心にはよりそえない
           一人ひとり それぞれに 深い心を持っているのですから・・・

  その人以外にはその人の かなしみも見えない わからない
      深いものですから・・・
その人自身も見えない深さがあるかもしれません

  というお話でした

   どこにいても 必ず阿弥陀様は救いとり
   極楽浄土に連れていってくださります
        どこにいても 亡くなった後は必ず極楽浄土で一緒になりますよ・・・

    そんなお話・・・

   僧侶が「おばけ」があると肯定し、マスコミでいうことや
  シンポジュウムで講演することも
      僧侶としての仕事が満足にできないということ
       葬儀の否定・・仏経の否定
      極楽浄土に 阿弥陀様が連れて行っていないということ
      本願の否定になります・・・


     お念仏を唱えること
 南無阿弥陀仏と唱える意味
        それと
  お化けと幽霊
   成仏できていない話と往生の話

 たくさんお話させていただきました

 奈良県葛城市の「西光院」さんでの法話の会でも
     たくさんお話を聞かせて頂きました

     次回は12月・・・尼崎市行きたいと思っています・・
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