鈍感な人たち

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忙しすぎて ブログを書く時間がとれなかった・・・
  夜中になると 眠たくなって…バタン!と倒れるように 爆睡

 最近 悲しみを抱えた人を救いたいという人があふれているように感じる
   新聞も本も・・・セミナーも講演も・・・
グリーフとは
 グリーフケアとは  子供のグリーフとは
   悲嘆とは
悲嘆からの回復とは
複雑性悲嘆とは  遅延性悲嘆とは
  災害と悲嘆
      死別の悲嘆
 癒してあげたい人たちでセミナーは満席になるらしい
    
     愛する家族を亡くし・・・悲しんでいる人に 何をしてあげたいのだろう
愛するからこそわきあがる悲しみ
 どのように悲しもうが 誰にも迷惑をかけていない
   なぜ 悲しみをケアしたいのでしょうか

悲しみがあってもいいと思うのですが・・・

      泣いてもいいと思うのですが 泣いてはだめなんでしょうか

     いつまでも泣いていても 社会に迷惑はかけていないはずですが
       泣いたらいけませんか?
  
    悲しみを味わった人は 悲しみがケアできるなんて思わない
     セミナーに行く人は 悲しみを体験したことのない人
         でも不思議です
  おばぁちゃんやおじいちゃんが亡くなっていないのでしょうか
    身内や親せきで 誰も亡くなっていないのでしょうか

  誰かはなくなっているはずです・・・が
 
おばぁちゃんやおじいちゃんが亡くなっても
    葬儀にも出たこともない・・・とか
      自分の親たちが 祖父母の死を悲しんでいることを見たこともないのでしょうか
   
  悲しみを ケアできるような年齢まで生きてきたら
      自分の親族の死を体験していると思うのですが・・・
         一度も体験したことがないという人だとしたら
          感性が鈍く  感受性も浅い人です
  だから 人の悲しみを学んでケアしようという傲慢な人格が形成されるのでしょうね

     幼い頃から 親しい人たちが亡くなるのをたくさん体験したら
         そのことに気が付いていたら
            悲しみがケアできるなんて思わないでしょう

     ケアができると思っている人たちこそ ケアができない心根の人
       遺族が最も嫌う人格の人たち

    ケアできない・・何もできない・・・
  と自覚できる人たちこそ  支えてくれ一緒に歩いてくれる人たち
  これまでの死別の体験とは深さの違う息子との死別
そんな時
    そんな人たちにたくさん出会い 多くを学び  支えられ生きてきた  

     ケアします・・支援者ですという人たちに追い込まれ傷つけられてきた

      本当の意味で 悲しみのケアができる人は
             求めることを 一緒に考え 必要なことにつなげてくれる

     決して  あなたのグリーフケアをしてあげますとは言わない

     泣いて泣いて 涙を流すことしかできない時もある

          息ができないほど 泣く時もある
 泣きたいときは泣くこと泣いたらいい
  泣き疲れて倒れるまで泣いたらいい
   それでも涙は枯れない また涙があふれる
その時はまた泣いたらいい

    それしかない

    どうしてこんなにも 悲しみをケアしたいという卑しい人たちが多くなってしまったのでしょう
まるで自分には 悲しみなんて関係のないことのように 悲しみについて学んだりして
     心から幸せでないのでしょうね
  幸せなのに・・どこか満たされていない
   その満たされない思いを埋めるために・・・悲しい他人と接して 自分の幸せを確認したいのでしょう

    この人たちって なんてかわいそう 子供が死んで・・・
   私は幸せ・・・子供が生きているから・・あ~~~よかった

       心の声が聞こえそう

グリーフケアのセミナーに人が殺到するのは
     幸せを感じられない人たちが多いということ  
         モノがあふれて 本当の意味での幸せに気が付かないのでしょうね
    別な意味で かわいそうな人たちです
   

                 

     

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