ひとりごと

2013040515220242e[1]

遺族支援者のための研修会の資料
  最後にという部分にこんなことが書いてある

「悲しみを止められるということは、
亡くなった人のことを忘れるわけではありません。


悲しみ事が少なくなればなるほど、
一層亡くなった人が近くにいるように思えるのです。

というのは、ともに笑い、楽しかった日々、
そして記念日を思い出すでしょうから。」

 唖然として・・・空いた口がふさがりませんでした

悲しみを止められるって 何でしょう
  止められるのでしょうか・・・
どうやって?
   悲しみが少なくなればなるほど・・・って
悲しみがどうしたら少なくなるのでしょうか
  
笑い・楽しかった日々は  悲しみなのですが・・・
     全くわかっていません

支援者に亡くなった人が近くにいるように思えるのです。なんて言われたくありません

    愛する人を亡くしてもこの人はこのようなことが言えるのでしょうか



この資料は  国立精神神経センターの中○さんのものです

   

日本の研究者は日本人の研究をせずに
  アメリカの研究者の論文を翻訳だけして
     そのまんま 講演しているだけ・・・

ここ10年 遺族たちは声をあげています
自分達で 教授に頼んで 共著で論文も発表してもらっています
 日本の遺族たちと協力して 日本人独自の遺族の研究をなぜしないのでしょうか
  
「複雑性悲嘆」
「持続性複雑死別障害」
「遅延性悲嘆障害」

「仮面悲嘆反応」
「複雑性悲嘆の危険因子」


オランダの自死遺族は

うつ病 10・5パーセント
複雑性悲嘆 57・4パーセント
自死念慮 9パーセント

自死遺族の76・9パーセントは精神健康の悪化だということです

うつ病治療やPTSD治療
薬物治療が必要であるとしている

「通常の悲嘆反応」というのが決められている

一人ひとり違ってあたりまえなのに
  普通の悲嘆反応というのが決めてある

サポートグリープといいながら
同じ経験をした当事者同士が集まって支えあうと言っている

自助グループはサポートグループとはいわない
 カタカナでいうなら
セルフヘルプグループ

当事者同士だと お互いを比較してしまう  としている
いやいや 
支援者とだって 比べてしまう
  悲しいふりをして聞いてくれているけど
 家に帰れば 家族がいて 幸せいっぱいな人なんだよな~~~と

遺族同士だから比較するのではない
  支援者との比較のほうが大きいと思う

専門家との連携が不十分である場合のデメリットとも書いてある
   専門家って?誰?
精神科医?
なんで精神科医との連携が必要なの?

悲しみは病気と決めつけているから
  特に自死遺族の悲しみは病気・精神疾患という概念がある

 自死遺族支援が「精神保健福祉センター」で行っていることがその証拠
   保健師が主催して自死遺族の会を開催していることが
 そもそも差別と偏見

 自死遺族のほとんどは精神疾患者であるという前提

自死遺族の人たちには 考えてほしいと思っている
   自死者と自死遺族への差別と偏見から  保健所が会の主催をしているということを・・・
知らず知らずのうちに
自分達も差別と偏見を増長させているということを・・・

一人ひとりの保健師さんたちはいい人も多いと思う
しかし
  仕事として・・・市や県の自死遺族支援担当者としての研修では
    自死遺族をどのような人として 見ているのか・・
 自死遺族には知ってもらいたい
    自死への差別をなくしたいと願うなら
  亡くなった人をさげすまれたくないのなら
    保健所・保健師・という意味をもう一度考えてほしい

   そして  ボランティアというものも・・・

  わかちあいは自分達で
      具体的支援はそれぞれの専門家にお願いをすればいいだけ

これも私のひとりごと
  ひとりごとです
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント

私も「ひとりごと」です。

国立精神神経センターの中○さんの神経を疑います!!
虚しさしか感じません。