グリーフケアについて(岡先生と話して)

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グリーフケアがなぜしっくりこないのか

岡先生の講演ではよく語られているのですが・・・

グリーフを「悲しみ」と訳してしまったところから、問題が生じている。
 グリーフとは日本語の「悲しみ」ではない。
日本語の悲嘆という意味でもない

グリーフは、単なる反応。悲しいという反応。

 だから グリーフケアの本には遺族の悲しみの反応が書いてあるだけで
  具体的なケアの方法は書いていない。

***
岡先生は
このことを講演で何度も話しているのですが、いまひとつ、聴き手からの反応がないのは、(私もです)
悲しみと悲しみの反応を分けるということが、日本人の感覚ではピンとこないから。


認知症ケアの論文で
西洋文明では、身体と心を分けて考えるので、
心を失った人間には価値がないと思えてしまうとか。



西洋文明は、身体と心、感情と思考、というように、いろいろ分けて考えるという事です。
全体をひとつのものとしてとらえる東洋的な考え方と真逆になるのだそうです。

「科学」という装いのもとに、
異文化の考え方を押しつけられている日本の遺族。
ここに「心理学」の「後進国」である日本の難しさがあるのでは・・・




西洋の、お棺は、ふたが重く、
日本の棺のように顔をみるようなことはできないもの。
また、牧師(神父)も、参列者に向かって話しており
、日本の葬式のように、
お坊さんが死者に向かって経を読んでいるのとは対照的。

宗教者が向いている方向が真逆。


死者とどう向かい合うのか。


それは文化によって全く違うはず。

アメリカ式の向かい方が、「科学」でうらづけされたものとして押しつけられている。

それが日本の遺族支援の根本的な勘違い・・・
  心理学は日本が後進国だからこそ起きている問題

  グリーフケアというがケアの方法は具体的に示されていない
    しかも日本人の考える悲しみのケアではない

精神科医たちが アメリカの学会の論文を都合よく解釈して訳し
 「負荷はどうでもいい(原因は考えなくていい)症状だけを診て、薬を出すだけでいい」と指針を作っています。

グリーフケアも同じ  負荷はどうでもいい悲しいという反応だけを見て
 他人が見える悲しいという反応が見えなくなったらケアをしたことになるのだ

    心の中に悲しみがあるが  周りに気を使い 
悲しみを見せなければ
 ケアが成功したことになるのだ

   それはケアではない

遺族に気を使わせているだけ・・・

     遺族が幸せな人たちに悲しい気持ちをみせて不愉快にさせないように
落ち込ませないように
     幸せな人たちの心のケアを求められているようです


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