死別の悲しみのケアは 亡き人を生き返らせてくれることに尽きる

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悲しい・・・息子に会いたい
  いつもいつも 悲しみがある・・・
息子が生きていたころとは  感情がひとつひとつ別物  感動することも違う
 愛する子供が死んで 悲しみを抱えて生きている
   悲しみがあることが わたし
悲しみのない私には戻れない
 生きなおしなんてできない
ましてや 悲しみを乗り越えるなんて できない
   悲しみの深さは 息子への愛の深さ
いつか 息子に会って 直接話ができるまで この悲しみは消えない
   消そうとも思っていない
息子を忘れたくない 息子を消したくない
 記憶は消えなくていい
  息子との思い出を鮮明に覚えていたい
思い出は悲しみでもあるけど  でもいい 覚えていたい
 どんなに悲しくても仕方がない
  息子を愛しているから・・・
悲しみのケアなんて 私は求めない
 求めなくても 月日と共に 自分が生きることが大切になり
 笑うことも多くなる
悲しみを抱えていても 酒も飲む カラオケも歌う
 最低…だと思うけど
   美味しいものも食べて…美味しいと思ったりもする
お墓にも毎日のように行っていたのに
  一週間に一度  月に一度
      1年に数回になっている
仏壇のお花は今も山のように飾っているけど(花瓶が8個 )
 お墓の花は年に数回になった・・・
以前は お墓のお花もいつも新鮮だった・・・年中きれいに飾っていた
   以前のように大声で泣くことは少なくなっている

胸の締め付けや 痛みは今もよく起こる
  悲しくて心臓からお腹まで 締め付けられてくるしくなることはよくある

でも 見た目は元気
  元気いっぱい

悲しみをケアしてくれようとする人たちがいるが
  私は必要としていない
私の悲しみはケアされようがないものだから・・・誰にも・・・私自身にも・・・
 でも
  幸せな人たちよりも多分元気で 幸せに見えるかもしれない 見た目は・・・
     それでいい
  幸せな人たちに 理解してほしいと思っていない
    同情もいらない
かわいそうな人とも思ってほしくない
  かわいそうな人ではないから・・・わたし
 悲しみを抱えているだけ・・・
息子に生きていてほしかったと思うだけ
   生きていたらなぁ~~~と思っているだけ
なんで~死んだのかなぁ~とおもうだけ
   45歳になった彼と話し ご飯を食べたいだけ
 あんなに 元気で あんなに 生きていたい人だったのに・・・
    楽しいことが大好きで 美味しいものが大好きで
  旅行が好きで・・・車が大好きで・・・
   家でゴロゴロが大好きで・・・
私の作ったごはんが大好きで・・・
 カァチャン・・・と言っていた健一

  会いたいだけ・・・

私の悲しみは私のもの
   ケアしてくれなくてもいいのです
できないんですから・・・

そもそも悲しみのケアってなんですか・・・

  私の悲しみのケアがあるとしたら   息子を健一を生き返らせてください
   それだけです
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