仏壇の花を買ってきて・・・

20090203205323[1]
仏壇に供える花を買いにいき・・・健一の好きなガーベラとカスミソウを買ってきた

  悲しみは深さで表すんですよ・・・と岡先生が言っていた
   大きさでもなく広さでもなく高さでもなく  深さという
深さは周りからは見えませんよね・・と岡先生
  愛も深さで表す  愛の深さ
深さは自分にしか見えない
  自分でも見えないほど深い悲しみもある
どこまで深いのか・・・

グリーフケアは 他者が見える悲しみがあるという想定
   どうやって見るのだろう
 他者に話すことなんて ほんの少し
  言葉にはできない悲しみもある

この間のフォーラムでも  言葉なんて所詮は人間が作ったもの
    この悲しみは 言葉で表現できないよね・・・無理だよね・・と ・・・
遺族が話していました・・・
   世の中には 言葉が見つからない悲しみがあることを息子が逝き知りました

   癒されようがない悲しみもあるのです

癒される悲しみもあるとは思いますが 息子が死んだ悲しみは癒されようがありません

  年々深くなる悲しみも又あることも知りました
11年目は11年目の悲しみが増えていきます
 もう11年も息子にあっていませんから・・・

一日中泣いて寝ていたいときもある

   そっとしてほしい  誰とも話したくない時もある

  海外ではグリーフケアの効果はほとんどない・・という本もたくさん出ているというが
    日本では反論を許さないし  翻訳書もでない

一方的な主張だけを 輸入し それを信じ崇拝している人が多い
癒してあげたいという人たち・・・


   日本には仏教があるのになぁ・・・
亡くなった人と共に生きて行く
継続する絆・・・という仏教に根差した 遺族の生き方があるという論文もある
 仏教者が仏教の教えを深く信じていないとしたら
    遺族は何を信じたらいいのだろうか


阿弥陀様は 本願を成就したから阿弥陀仏となられたという
   

 極楽浄土で逢えるという教えがあるから 遺族は救われる

  涙の河の中に身を置き 生きている日々
その中での希望は いつか会えると信じるこころ

    グリーフケアはキリスト教の宗教観が流れている
   それは仕方がない キリスト教国の国民が考えたものですから・・・

 半年過ぎても悲しい人は  複雑性悲嘆という
   まだ見つかっていない人は あいまいな喪失という
 犬も猫も 家も物も  失ったという悲しみは遠くから見たら一緒だから 同じ悲しみであるという
そんなことを 震災後に心のケアセンターがチラシを作り被災地に配った
    それでいいのかな・・・
反対し説得して やめてもらったのですが
 そのまんま チラシが配られて 被災地で心のケアチームが訪問し
    遺族が精神科につなげられてよかったのかな

被災地で開催していた自死遺族の会を休んで
    つなみで子供を亡くした親のために「つむぎの会」を立ち上げなくてもよかったのかな

グリーフケアの会は 被災地で開催されていたんだものね

まかせて おけばよかったのかな

     法話の会もお願いしなければよかったのかな・・・

     みやぎの萩ネットも立ち上げなければよかったのかな

  藍の会と全国自死遺族連絡会と  自死遺族等の権利保護研究会と
 青い会とクローバーの会とマロニエの会と瑠璃の会と菜の花の会とたんぽぽの会をやるだけでよかったのかな
   つむぎの会も仙台だけでよかったのかな

   と考えて落ち込むことが多い 最近です

夫は 頑張ってやったって 悪く言われるんだから
    自死遺族のことだけやればいいんだよ・・・といつもいう

      そうかな・・・と・・惑う自分がいます

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