自死遺族

03-05-kita-5-0[1]

自死遺族の人たちが大勢ブログを始めているらしい
  ほとんど 他のブログを見ない私は 事実を把握していない
声をあげられなかった遺族が声をあげ始めていることは大きな変化
 社会が変わる原動力になってほしい

自死がない社会になるように・・・・・・・・ひとりひとり声をあげて欲しい
    やさしい気持ちを広げて欲しい
思いやる気持ちをつなげてほしい

  そして惑わされないでほしい  

権力に媚びることなく 亡き人と自分の間にある悲しみから
    メッセージを受け止めてほしい  と思う

そんなことを言う私自身 惑い苦しみ虚しさと闘い活動をしている

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 人は誰かに何かをして貰ったことは忘れる
 しかし 自分がしてあげたことは覚えている
    傲慢である

チヤホヤされると 鼻が高くなる
 偉そうになる

講師に呼ばれて講演をして  先生と呼ばれると偉くなった気がする


代表と言われると いい気分になったりする

助けられました…といわれると 救った気になり心が満たされたりする
 神様や仏様にでもなったように・・・
    





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人は人を救えない  助けられない


   手助けならできるかもしれない
実行するのは 決定するのはその人自身の力です


傍を歩くことはできる
 道を示すことはできる
光をさすことはできる


ましてや 権威なんて  何の役にもたたない

  愛する人の死

その悲しみ

 ケアなんて言葉で  癒そうなんて思わないでほしい

  癒されようがないのだから


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私は 講演するときいつも思う
  どうして 私はここにたち講演しているのか・・・
 「それは 息子の自死」
   自死遺族という立場での講演
 自死遺族という立ち位置での活動と対策への提案


悲しみと共にいきているからこその 活動

  一生 癒されようがないからこそ  
    悲しみがふかくあるからこそ   支援者にはならないと思っている

人の苦しみや悲しみを救えないとわかっているから

   人間ごときが 人間の深い悲しみを癒やせるなんて思う事が傲慢そのもの

  私は 今も深い深い 悲しみの底を歩いている
    それでいい
 健一を愛しているから…悲しくていい

    大切な私の悲しい気持ち


愛しています いつまでもいつも  いつも 健一を愛しています
  私の息子健一


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