心のケアって、どんなケア?

エゴノキ・ピンクチャイム080518b-l[1]

悲しい気持ちは病気ではない
 愛する家族を亡くして 悲しみが湧くのはあたりまえのこと
  悲しみのケア とは 悲しみをどうしてくれるのでしょう
   軽くしてくれるのでしょうか
残念ながら
 生きかえらないかぎり 悲しみは軽くならないんです
 生き返ったら
支援者よりも元気で幸せになります
亡くなった人のことを思い 涙する 悲しむ その気持ちはケアできません
 話を聞くことはできます
  それをケアしているというのは おこがましいことです
 私は
毎日 遺族から泣きながら電話がかかってくるのを聞く 聞く 話す 聞く
ケアしているとは 全く思わない
ケアできないから  
 遺族同士で話し合うことが大切です・・・
遺族同士が話し合う会です・・・という支援団体
  支援者はなぜいるの?
話し合う時間は遺族だけにしてくれたらいいのに・・・なぜ聞いてるのかな?
遺族同士が話し合う会ではなく、支援者も交えての話し合いの会ならそれはそれでいいと思う 
支援者と共に 話し合いましょう・・・という会でいいと思います
  支援者がいたほうがいい遺族もいると思います
幸せな人が傍にいたほうがいいという遺族もいると思います
そして   
家族が亡くなり精神薬を飲み続けている遺族の皆さん 悲しみが消えましたか?
 苦しみは軽くなりましたか?
  さみしさは無くなりましたか?
同じですよね
 そりゃそうです
 愛する人がいないんですから・・・亡くなったんですから

 トラックいっぱい毎日飲んでも 生き返らない限り
     楽にはなりません
精神薬を飲み続ける遺族は 元気にはなりません
 本物の精神病になっていきます  
 薬物性精神疾患です
亡くなった人は自分が死んだことで 家族が精神薬を飲み精神病になる姿を見てどう思っているでのしょうか
「ありがとう精神疾患になるまで悲しんでくれて」と思うのでしょうか
それとも「ごめんなさい 悲しませて苦しませて本当にごめんなさい」と謝罪するのでしょうか
亡くなった人は十分苦しんで逝きました
 苦しませるのはもう十分ではないでしょうか
 
そして矛盾しているような感情ですが
楽になりたいと 私は思っていない
 苦しくていい かなしくていい さみしくていい
   息子は 私以上に苦しみ死んだ
そのことを思うと 私の苦しみは当然のこと 受け止めなければと思う
  私の苦しみや悲しみなんて 息子に比べたら 
    なんてことはない
楽はしない 息子が死んでいるのに  親の私が楽に生きたいなんて
      
息子が許しても 私が私を許さない

でも 元気に生きています 
 笑い 泣き  笑い  泣き 元気に生きています
   元気に・・・  
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