癒してあげたい人たち

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被災地は 新聞もテレビもまだまだ 震災のことが日々・・・たくさん取り上げられている
被災地以外ではもう掲載されていないと思いますが、取材の依頼も被災のことが多く自死のこと等
ほとんど取り上げられていないと思います。それでいいと思います。
その中で 幽霊とかお化けとか浮かばれていないとか
  腹を空かせてコンビニに並んでいるとか
     記事になったりしている

 それがどんなに遺族を傷つけているのか知ろうともせず
   

仏教の葬儀が多かった被災地
 仏教の教えを信じたらいいと思う
   幽霊って何!
     うかばれていないって何!
  苦しんでいるって何!
阿弥陀様・・法然さま
    その教えを信じたら 幽霊はない
  亡くなった瞬間
阿弥陀様が
蓮の花のつぼみの中に包みこみ
 西方極楽浄土に連れて行ってくれ
  そこで蓮の花が開くと 先に逝っている家族や知り合いが待っていてくれる
    苦も無く悩みもなく老いもなく病もなく・・・
 遺族は救われる
私たちも必ずそこに行くことができる
 会える日が来る・・・
もしも
お念仏をしても
幽霊とかお化けとしてこの世にいるなら、うかばれていないなら
  阿弥陀様は阿弥陀様ではなく 観音菩薩としてもう一度修行をし直さなければならない

阿弥陀様という仏様がどんな仏様なのかを知らない人たちの言葉は遺族を傷つける

しかも    霊魂と幽霊とお化けと・・・ごちゃ混ぜにしている

また
亡き人からのメッセージは その人のことを愛している人に亡き人が伝えるもの
  全くの他人 どこの誰だかわからないような人に
             少なくとも私の息子は 「カァチャンに伝えて欲しい」なんて言わない
   人見知りで、遠慮する性格
      息子は私に語り掛ける

     亡き人のことを思い 心を清め 
        こころ静かに向かい合う時 亡き人の声を感じる

 息子の声が聞こえたこともある
  脳の中に・・・
  匂いも感じる
   息子の匂いも  母の匂いも
        父の気配も
  母が亡くなる寸前に 「あ!亡くなる」と感じた
  青森と仙台
 先に亡くなっていた母の姉妹たちとの賑やかな話声が、上から聞こえた
その瞬間「亡くなった」と感じた
   5分くらいしてに実家から電話がきた

祖父が亡くなるときも不思議な体験をした
しかし
 それは 私の愛する人たち

この瞬間も人は亡くなっている
 全ての人のその瞬間を感じたら 私は生きていられない

 亡き人は 愛する人に伝えたいと思うはず

   「悲しみもまた私のもの」
「誰のものでもなくわたしのもの」
 「悲しみは愛しさと共に」
「グリーフ・イズ・ラブ」
  「亡き人との継続する絆」

自死の差別問題に苦しめられている自死遺族にとって
     お祓いは差別の究極の行為
自死は穢れた死だから
  心理的瑕疵であるという意味でのお祓い
    
どのような形での死であろうが  阿弥陀様が極楽浄土に連れて行ってくれている
    そう信じている
 差別は人間が作ったもの
    差別する心も煩悩 


 

遺族は遺族で毎日頑張って生きている
 震災からもうすぐ5年  
全国いろんなところで 災害で死んでいる人がいる
   なぜ 東日本大震災で亡くなったひとだけがメッセージを伝えに全国の霊能者の所に行くのかな
   不思議

 私は阿弥陀様を信じている・・信じようとしている
    亡き人たちを愛しているから 信じる
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