子供の自死

120-2[1]

健一が死んだとき
            通夜だ葬儀だ…と 次々と やらなければならないことがあり

   夫と私の  実家に連絡 健一の友人に連絡
       夫・次男・私・・・ぞれぞれの職場に連絡
     もちろん健一の職場にも・・・

     死んだ・・・という現実だけでいっぱいいっぱいで
      とにかく きちんとおくりたいと思った

        自死で亡くなった  ということは どうでもよかった
     自死だろうがなんだろうが
        息子が死んだ・・・そのことだけだった

       誰かに何か言われるとか  自死だから・・・という想いは一切なかった

       通夜の時に夫は泣きながら「自ら死んだ大馬鹿野郎です」といった

           隠そうと思うことも 隠さなければ と思ったこともない

     陰で言っているかどうかはわからないが
          どうでもいい

              息子は頑張って生きた

   死にたくて死んだのではない

   そのことは よくわかる
             死にたくない・・・とずっと思って生きていた
          だから 病院にも行った
     死にたくないから・・・

   幸せに元気で生きていたいから 苦しんだ 
            生きたいともがき 生きたいと叫び
   生きたいと最後まで
         苦しみ   逝った

         生きたいから 死にたくないから
            泣いて泣いて泣いて  逝った

    もしも 近所の人が 自死遺族だから 息子が自死で死んだから
      挨拶しないなら  それで結構
    そんな人はこちらから お断り

      親戚も友人も 知り合いも  自死遺族ということで
              差別するなら  それで結構
       お付き合いをしたくもない こちらからお断り

           そんな人たちとの お付き合いはしなくていい

       陰でいうのは勝手 どうぞご自由に

         自死ということで 差別や偏見をもつような 人たちは
              知識のない心貧しい人

        人への差別や偏見を持つ人とは
             同じ空気も吸いたくない

 どんなに立派な肩書きがあろうが
     お金持ちだろうが
           家柄が素晴らしかろうが
                            心の貧しい人たち

      自死だけではなく 様々な差別が人間社会にはある

          人間が人間を差別し
     時には神様の名をかたり 差別する 仏様の名を借りて差別する
         
      差別する人は神様や仏様を信じていない・・人

     私は たくさんのことはできないが  自死への差別や偏見は 無くしていきたいと思っている

 今も 健一を愛し 健一を誇りに思っている
        私の愛しいこども
     世界中の人が息子を批判しようが 私は健一を愛し続ける

   息子を追い込んだ 社会・・・(私も含め)
         子供たちが
 産まれて生きて・・・よかったと思える社会にしていきたい
          
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