自死への差別と偏見

konashiL[1]

自死と殺人があった物件だけが
    賃貸の場合は 次の借り主に殺人があったことや自死があった物件ですよ・・と伝えることが義務となっている
      不動産の売買においても 買う側に伝えなければならないということが義務となっている

なぜ・・・その理由は
   殺人や自死は 穢れた死・おぞましい死・嫌悪感のある死であるから
     気持ちが悪い・気味が悪い・祟りがある・
心理的な瑕疵・・・汚れている汚い…という理由である

   亡くなって すぐ発見されても またまだ死んでいなくて救急車で搬送されて病院で亡くなっても・・・
       気味が悪い・・・・・・・・・とされてしまう

  従って 価値が下がるから  家賃を下げる 売値も下げる
                土地の値段も下げる

     すぐに次の人が借りて…1か月で出て・・・また次の人が借りる・・・ときは もう告知義務はない
     極端にいえば 1か月で・・・・告知義務が消える場合もある
 また 30年だれも借りずに 30年後に借りる人には告知しなければならない

   気味が悪いなら 1か月のほうが30年よりも気味が悪いと思うのだが
     そうではないらしい

      孤独死によって半年後の発見  腐敗して悪臭が漂っても
           次の借主には 孤独死のことは告げなくていい
     
      法律の中に 自死は故意の死であるから…と書かれていることも問題である
国が大綱で
自死は社会的要因によって追い込まれた末の死である・・・と 明言している

     追い込まれた末の死   なら  ナゼ 故意の死という文言を是正しないのだろうか

      死にたくて死んだ・・・とでもいうのだろうか

     死にたくて死ぬ人なんているのだろうか

       ニコニコ笑って   ハッピーな気持ちで死ぬ人なんているのだろうか

      社会はやさしい人を追い込んで 
            追い込まれて死んだ人を また責めて
      遺された人のことも責めて

        責めて責めて責めて  責め続けて

     社会への賠償金まで請求
           どこまで いじめたら気がすむのだろう

           人にも人の命にも やさしくない日本

        孤独死の腐敗した遺体のあった部屋と
         自死があった部屋

      の違いは何でしょうか

   人は全員死ぬ   どこで死ぬかはわからない
  バスの中で死ぬ人もいる…ホテルで死ぬ人もいる
        レストランで死ぬ人もいる
   風呂で…トイレで・・・
  どこで息をひきとるかは  誰にもわかりはしない

     処刑場の跡地が住宅地になっていたりする

    お墓のあった土地にマンションがあったりする

        昔は家で亡くなった
    
     死の形での差別・・・が  ある

     人は平等ではなかったのだろうか

      死んだら人間ではないから 平等ではないのだろうか

   でも 死んでも人間だから 火葬の義務があり 
 その辺に捨てたら犯罪になるのではないだろうか

      矛盾だらけ 論理的ではない
 

   殺されて死のうが  自ら死のうが  災害で死のうが事故で死のうが
     亡くなった人を考えたら 死んだ・・のである…それだけ・・・生きていない・・・それだけ

      なぜ 自死が穢れた忌まわしい死といわれなければならないのだろう

      穢れているのは 生きている私たちではないのだろうか

    忌まわしくおぞましいのは  生きている人間ではないのだろうか

    死者に唾を吐くような  行為を私たち社会はしている
        
      死んだ人たちを尊ぶ気持ちを忘れる行為は
          自分に唾を吐くようなものである

       
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