日本の自死遺族の自助グループ



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国際会議・会議録に出る論文の和訳





自死遺族の会:グリーフケアではなく、エンパワーメントに向けて
Tomofumi Oka1, Sachiko Tanaka2, Hidehiko Ake2, and Shōko Kuwabara2
1. 上智大学
2. 全国自死遺族連絡会

要約
(省略)

はじめに

日本では1998年以来、自死者が3万人を超えた。2006年、自殺対策基本法が施行され、全国各地に専門職によるサポートグループがつくられるようになった。しかし、その集まりに満足できない遺族たちが自分たちで自助グループをつくりはじめた。2008年、全国自死遺族連絡会が発足、1300人以上の遺族が集まる。2011年7月現在、全国には23の独立した自助グループがある。各グループは毎月あるいは隔月のペースで例会をもっている。
遺族の会は専門職の集会とは違った形で開かれている。そのため遺族の会が社会的に認められることは難しかった。Bormanら (1976)が言うように、自助グループは援助を提供することについて、自分たちの役割や立場を社会に認めてもらうという課題に対処しなければいけない。そして、そのときに使われるのが、専門職による認知である。しかしながら、遺族の会では、そのような認知を得ることが難しかった。なぜなら彼らのミーティングの進めかたが専門職によるものと非常に違っていたこと。それに遺族の会のリーダーが専門職によるグリーフケアに批判的であったためであった。

この論文の目的は遺族の会で慎重に行われているプロセスを描き、その例会の長所を論じることである。それによって、専門職や一般市民に、遺族がどれほど遺族の会を信頼しているかを示す。これまで自死遺族の自助グループの研究はほとんど行われていない。その理由としては、遺族の会が発足したのは5年以内の短い期間にすぎないために、調査が行われてこなかったこと。また、遺族の自助グループについて研究したという論文があっても、それは専門職によるサポートグループについて調査をしたものにすぎなかったからである。


研究方法

2008年9月、自死遺族の会の二人のリーダーが、岡の研究室を訪れ、その会の研究について依頼をした。その研究の結果がグループの有用性を証明し、それによって関係する専門職がグループの認知をするようになることが望まれていた。その時点で、岡はその研究においてグループのリーダーが積極的な役割を担うことを提案した。その結果、本研究は、社会福祉の研究者と自助グループの3人のリーダーによる共同研究の形となった。
研究のデータは、社会福祉の研究者(岡)は、自死遺族連絡会に集うリーダーやメンバーに会話的なインタビューを行った。3人の自助グループのリーダーは、自分がリーダーとしてかかわっている3つの自助グループに加えて、他の自助グループにも参加した。その数は16グループであり、これは日本にある23の自助グループの70%にあたる。また23グループすべのリーダーと対話してきた。また3人のリーダーは多くの専門職主導のサポートグループやファッシリテーター養成の講座にも参加し、そこで観察し、また資料等を集めた。


結果

専門職主導のサポートグループと比較することによって、自死遺族の自助グループには以下の6つの特徴を共有していた。このような共通の特徴は、グループのメンバー間の活発な交流によって生まれたと考えられる。その共通点とは、1)自発的参加、2)外部者も「客」もいない、3)日常生活との連続性、4)グループに分かれること、5)医療的(回復)モデルを使わないこと、6)恒常的なコミュニティの存在である。

1. 自発的参加

自助グループは、個人が自分の意思で自発的に参加することを重視している。たとえば、グループのリーダーは、遺族がミーティングに参加することを強く促したりはしない。誰かがミーティング会場のドアの付近でうろうろしていたとしても、声をかけない。その人が自分から声をかけてくるのを待つのである。また、本名や住所を言わなくてもグループに参加できる。たとえ住所を知らされても、グループのリーダーは次回のミーティングへの「押しつけがましいお誘い」はしないように心がけ、ミーティングに関する必要な情報を送るだけにとどめる。というのも、リーダーは、自らの経験から、遺族はそっとしておいてほしいと思うことがあること、自分自身の意思でミーティングに参加するかどうかを決めることが大事だということを知っているからである。
それに対して、サポートグループは遺族のミーティングへの出席を強く促している。グループによっては、最初に来た人の本名と連絡先を聞きたがり、その情報を次回のミーティングに利用したいと考えている。さらにスタッフは、一つのミーティングが終わると、次のミーティングを忘れないように出席を促すための訓練も受けている。このような「押しつけがましい態度」が、一部の遺族を苛立たせている。

2. 外の人も「客」もいない

日本の遺族の自助グループは、自死遺族だけを受け入れる。すなわち、当事者ではない人や「客」はミーティングに出られない。すべての出席者は、いろいろな仕事、たとえば、会場の準備や清掃、お茶出し、お菓子の提供などによって、会の活動に貢献することが許され、また期待もされている。
一方、専門職主導のサポートグループでは、遺族は、積極的な参加者というよりも「客」として招待される。彼らは専門職やボランティアのもてなしを受け、お茶やお菓子をいただき、ときには豪華な昼食まで提供される。遺族がスタッフを手伝おうとすると、その申し出は丁寧だが、きっぱりと「好意的な」言葉(たとえば「いえいえ、ゆっくりと座っていてください」)で断られる。

3. 日常生活との連続性

毎月の自助グループの例会は数時間にも及ぶことがある。たとえば昼すぎから始まり、夜まで続く。そして、それはいろいろなセッションに分かれる。典型的な例をあげれば、集まりは、正式な開始時間前から、会場に着いた人たちどうしが、くつろいだ感じで話し合うことで始まる。初めての人にはリーダーが言葉をかける。こうして出席者は自分たちが歓迎されていることを感じるのである。開始時間になると、正式な例会が始まる。出席者は各自、簡単な自己紹介を全体に行う。そのあと、スペースが許せば、出席者は小さなグループに分かれ、後述するように、そこで深い体験と気持ちを語り合うことになる。この分かち合いの時間が終われば、小さなグループも解散し、また大きなグループになる。こんどは、互いに自由におしゃべりする時間になる。この時間に、お茶やお菓子が配られる。リーダーたちは、この時間を「クールダウン」と呼び、気持ちを日常レベルの思考や情緒、行動に戻していく時間であるとしている。こうして正式な例会が終わったあとは、都合がつく人は、喫茶店やレストラン、飲み屋などに設けられた席に招待される。当事者ではない人も、この集まりには参加してよい。たとえば、マスコミ関係者がメンバーの話を聞きたいというときには、この席に参加するのである。このような例会の形は、グループのセッションと、日常生活との連続性を確保していると考えられる。この連続性は、メンバーが徐々に自分の深い気持ちを小さなわかちあいのグループで表出することを助けるだけではなく、そのあとは「クールダウン」の時間に普段の生活の行動、つまり人目につく場所(喫茶店など)でも問題のない行動にまで戻ることを助けている。
遺族のなかには、サポートグループには、このような構造がないことを不満に思う人がいる。例会開始前に来ても、会場のなかにいようが、外にいようが、一人で待たなければいけない。それは病院の待合室で待つようなものなのである。ミーティングが終わったなら、そのあとは、スタッフは場所を片付けなければいけない。専門職は多忙で次の予定があるし、建物も精神保健サービスのために使われている場所であることが多いので、使用の予定がつまっているのである。その結果、出席者のなかには、ファシリテーターが終了の時間を告げると、すぐに泣き止み、涙をふきながらひとりで部屋を立ち去るひともいた。別のグループでは、終了になるといつも感想を書かせられ、グループの評価を求められる。このように、出席者の治療的なセッションと日常生活の間には大きなギャップ(隙間)があるのである。

4. 小さな分かち合いのグループ

前述のように、参加者は深い体験のわかちあいのために、小さなグループに分かれる。分け方は、だいたい自死した人との関係によって行われる。つまり、親、子、配偶者の立場の人は通常別々になる。というのも、たとえば、ある女性は、自死した自分の息子の嫁に対する怒りや恨みを、夫を自死で亡くした立場の女性がいる場では表現することが難しいからである。このような小さなグループの人数は6人または8人以内が適当だと考えられている。グループの進行には特別な訓練や知識は不要だと考えているので、その役目を担う人を見つけることは難しくない。
 それに対して、専門職主導のサポートグループは全員参加の、大きな一つのミーティングを開くことが多い。これはおそらく訓練されたファッシリテーターの数に限りがあるからだろう。このようなミーティングの進行をするには高いレベルの技術が要求されると考えているのである。しかしながら、すでに述べたように、遺族は亡くなった人との関係が異なる遺族とは経験を分かち合うことが難しいと感じることがあり、遺族にとっては全体で話し合うことは理想の形ではない。また遺族、とくに家族を亡くしたばかりの遺族にとっては、長時間、自分の体験を分かち合うことなく、他の人の話を聞きつづけることは辛いことである。

5. 医療的(回復)モデルを使わない

専門職とボランティアは一般に医療モデル、あるいは回復モデルを使っていて、遺族の悲嘆からの回復の重要性を強調している。しかしながら、このモデルにはいくつかの問題点がある。
まず、医療モデルは遺族をしばしば不快にさせる。たとえば、サポートグループのパンフには、心身や行動の問題点を列挙するだけではなく、遺族はそれらの問題をもちやすいと述べている。これらの問題は、慢性病の説明と同じように並べられている。典型的なのは「記念日反応」である。愛する人を自死で喪った日がくるたびに、遺族は強い悲嘆反応を示すというのであるが、そういうことがサポートグループでは説明されている。自助グループのメンバーは、自分たちが精神的に弱い人間だとレッテルを貼られていることに驚き、憤慨している。またこのような問題の長いリストは、これらの問題がある時期に起こるだろうと予告されているようで、読むと不快になるという。自助グループの場合、メンバーを病人のようには扱わない。悲しむことは自然なことであると強調する。遺族は悲しみから回復しなければならないとする、あらゆる理論は拒絶されている。そのかわり「回復は不可能だ」「悲しみは私たちの身体の一部だ」と、悲しみとともに生きることが提案されている。
医療モデルの二つ目の問題は、それが遺族の社会的、経済的な問題にかかわってこないということである。サポートグループのスタッフは、受け入れることを訓練されている問題(すなわちグリーフケアの枠組みでとらえられる精神的、心理的問題)以外は、受け入れない。逆に自助グループは、メンバーが生活のなかで遭遇するどんな問題でも、金銭的問題、差別の問題を含めて、受け止め、取り上げようとしている。
最後に、サポートグループは「トラブルメーカー」を非常に警戒している。サポートグループのファッシリテーター養成講座では、決まったように、ミーティングの場を乱し、他の遺族を傷つけるような態度をとる人にはどのように対処したらいいかが議論される。こうした態度は、専門職やボランティアが、遺族を深刻な精神疾患をかかえた人であると考えるかぎり避けられないものかもしれない。それに対して自助グループのリーダーは、そういう問題に対して対策をとる必要性を感じていない。なぜなら、そのようなトラブルメーカーには会ったことがないと主張するからである。このような人がいないということは、自助グループが自発的参加を重視するという事実と関係があるのかもしれない。

6. 恒常的コミュニティ

自助グループのリーダーは、メンバーが援助を必要としたときはいつでも電話で対応できるようにしている。多くのリーダーが深夜まで電話でメンバーと話したという経験をもっている。リーダーとメンバーは、電子メールのアドレスを交換し、ブログなどで昼夜を問わず交流している。人々は自由に会い、いっしょに食事にでかけ、買い物をしたり、カラオケに行ったりする。遺族たちは孤立しがちであるので、誰からも誤解されることなく、他の遺族とともに人とのつきあいを楽しめることを喜んでいる。たとえば、カラオケで歌う男性をみながら、私たち著者の一人に次のように言った。「彼はカラオケを楽しんでいるけれども、私たちは彼がひとり子を失ったことを知っています。とても楽しそうに歌ってはいても(心のなかには悲しみがあることを)私たち、みんな、知っているのです。」別のリーダーは「私たちはコミュニティであり、大きな家族みたいなもの」と言う。
それに対して、専門職によるサポートグループは、ミーティングのときに与えられることが全てである。出席者は、個人情報を交換したり、ミーティングの外で他の遺族と話したりすることは遠慮するように言われるが、それは、依存症者が、集団療法の場以外では互いにつきあわないように言われるのと同じである。専門職もボランティアもミーティングの外ではメンバーとは通常、連絡をとらない。ミーティングのないときに援助が必要な場合は、別のサービスを利用するように言われている。


むすび

自助グループは遺族を「精神的に弱い患者」として扱わない。これは専門職主導のサポートグループと違うところである。サポートグループは、精神疾患をもつ患者に対して行う治療法や概念を、遺族のグループにも応用しているのである。自助グループはメンバーを信頼し、それが参加の自発性を尊重している。自助グループは、メンバーを全人格的に受けとめる。単にミーティングの出席者であるとか、援助の受け手であるとかというとらえかたをしない。こうした自助グループとサポートグループの違いは、エンパワーメントの視点(人々を弱いままで援助しようというのではなく、強くしていくという視点)があるか無いかにつながっていく。言い換えれば、自助グループは、遺族を強くしていくことにとても有効なのである。
 自助グループは、現在の政府の自死遺族への政策を評価していないことを公言している。それは心理的、精神的ケアに重点を置きすぎているからであり、そのような心理的、精神的ケアなら大部分は自助グループが提供できると考えるからである。しかしながら、一部の遺族は精神疾患に苦しんでいるとき、専門職の援助が必要であろうと自助グループも認めている。また、全国自死遺族連絡会は政府に、心理職や精神科医、グリーフケアの専門家ではなく、より多くのソーシャルワーカーを配置するよう要望している。遺族はソーシャルワーカーの援助なくしては解決することが難しい社会的、経済的な問題をもっているかもしれないのである。ソーシャルワーカーは、グリーフケアを提供しようとしてきた精神科医や心理職と同じ道をたどるべきではない。そうではなく、自死遺族をさらに社会的に力あるものにしていく(エンパワーしていく)ために、自助グループと協働することが求められている。


参考文献及び資料

Borman, L. D., & Lieberman, M. A. (1979). Conclusion: Contributions, dilemmas, and implications for mental health policy. In M. A. Lieberman & L. D. Borman (Eds.), Self-help groups for coping with crisis: Origins, members, processes, and impact (pp. 406-430). San Francisco: Jossey-Bass.

Oka, T. (2010, July). An ethnographic study on the anti-professionalism of self-help groups for family survivors of suicide in Japan. Poster session presented at Ninth International Conference of the International Society for Third Sector Research, Istanbul, Turkey.

Oka, T. (2011, March). Action research for developing a worldview of self-help groups of the family survivors of suicide in Japan. Poster session presented at the First European Conference for Social Work Research, Oxford, England.

Oka, T., Tanaka, S., & Ake, H. (2010). 「グリーフケアは要らないという声が自死遺族にはある」『地域保健』41(3), 21-25.

Takeshima, T., Matsumoto, T., Kawano, K., Inagaki, M., Takahashi, Y., Katsumata, Y., & Kaga, M. (2008, October). Japan’s suicide prevention strategy and the role of the Centre for Suicide Prevention. Paper presented at the 13th Pacific Rim College of Psychiatrists Scientific Meeting, Tokyo. Retrieved from http://www.ncnp.go.jp/nimh/keikaku/kisochousa/seika.html


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