息子と共に・・・

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 悲しみでいっぱいの時は 自分本来の性格が 悲しみで包まれて隠れている
    だからみんな同じように悲しんでいるように見える
   みんないい人に見える

しかし 少しずつ悲しみが全体を被うのではなく 
      以前の暮らしに戻るにしたがって  自分本来の・・その人の本質が出てくる
遺族になる以前のその人の人間性が出てくる

 その時に  亡き人のまなざしを感じていられるか・・・
      亡くなった人をどれほど愛し、反省し、自戒し、生き方を見つめられるのか
 謙虚さを持てるのか
     亡くなった人のために やさしく生きられるのか
           悲しみから何を学んだのか・・・学べたのか・・・
  亡き人からのメッセージを受け取れたのか 受け取ろうとしているのか・・・

        ただ…元の自分の戻るのか・・・

     ただ 元の自分に戻る人が多い
            元の自分・・・煩悩だらけの 嫌な人間が多いと思う( 私はそうでした)

    そうすると
  人の悪口を言ったり  噂話をしたり
       仲間外れにしたり・・・・
 しあわせな人たちのお茶のみの集いのようになってしまう
   孫自慢したり  仕事自慢したり
      着るもの自慢したり
       
 遺族のわかちあいの集いは
亡き人を偲び語る時間を共有する…場所であって

 人の悪口を言う場所ではない

     人の好き嫌いを言う場所でもない

   私たちの愛する人たちは  人に意地悪をされたり
               いじめられたり  パワハラを受けたり
    過重労働だったり  医療がいい加減だったㇼ

    理不尽なことが原因で自死しています

  愛する家族を理不尽なことで亡くした遺族が同じように理不尽なことをして・・
       いるのをみると
  かなしくないのかなぁ~~~と思ってしまいます

 次男は 
   遺族の悪口を言う遺族は かなしくないんだよ…といいます
 本当に悲しみでいっぱいの時は
    遺族の悪口は言いませんというより いう元気がない・・・

   悪口を言える遺族は 元気になって 本来のその人の姿になったということです

   遺族はもともと方遺族ではないので…元の姿に戻る人も多いと思います

      私は 息子に見られていることを意識して活動をしています
        原点は息子の死に顔です

   苦しい時辛い時迷う時  いつも息子を思います

     道の真ん中に いつも 息子が います  

    
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