仕事としての会の開催と自前での会の開催の違い

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 自死遺族のわかちあいの会

      参加してみて 合わなければ次会から参加しなければいい
 参加しないことが気持ち
   二度と参加しなければいい

        無理に参加してくださいという会ではない

    自由参加  

     行政が主催の集いは 税金で開催している
        保健師さんも仕事
      進行役として行政から講師で呼ばれている人も 税金から謝礼金をもらっている
        お仕事である

お仕事の場合は 参加している遺族に不満を言われても仕方がない
    悲しみのケアを仕事としているわけだから ・・・
   仕事とは成果を求められるものである

         遺族が自前で(茶菓代は別)集いを開催しているのに
     参加してみて不満だという人がいるが
    それは 他人の家に御邪魔して 気分が悪い!と 文句を言うようなもの
      気分が悪いなら 参加しないこと・・・・です
     
   私のいいように会を作ってください・・・というのは変
     他人の家に行って  雰囲気の悪い家だ!と文句を言っているようなもの

       行政が主催の遺族の会と 遺族本人が自前で開催している会との違いは
           こんなところにもあるのだと・・・わかってほしい

  というか  常識ではないだろうか

   仕事で開催している人は 移動したら関係ない人
       あくまでも仕事
 参加する遺族も勘違いしないほうがいい

   仕事でなければ 遺族の話なんて 聞きたくもない人たちです・・・
    それが普通です
        
        もちろん 精いっぱいの居心地のいい場所つくりはしようとは思う
     しかし
  合わない人もいるでしょう
      私の顔を見たくもない人もいるかもしれない
            それは仕方がない  親からもらった顔だから・・・

  話し方が嫌な人もいるかもしれない
    それも仕方がない   合う合わないはあるから

   合わなければ 参加しなければいい
        どこに行っても合わないなら 自分で自分なりの会を作ったらいい
    
         自分で会を作り開催したらわかるものがある

      万人に合う会なんて作れるわけがない
       その時の参加者でも雰囲気は変わる
     参加してくれる遺族に 許してもらいながら 会を重ねてきた
   いたらないことばかりだけど
   許してもらい  110回が過ぎた

   新しい遺族の参加も多くある
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    自死 遺族のわかちあいの会
   子供を亡くした親のわかちあいの会

    遺族の茶話会 
               誰でも参加できるサロン

   遺族が参加する法話の会

     支援者と共に活動する自死遺族と権利保護研究会
       専門家とともに活動するみやぎの萩ネットワーク

        様々な活動をしている全国自死遺族連絡会

     いろんな会がある

  来るもの拒まず 去る者追わず

      他の遺族の批判はしない   のけ者にはしない

     w_antidysenterica01[1]

               

                   
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