自死…差別

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23日茨城県水戸市に行き、さざれの集いでお話をさせて頂き
  お坊さんの法話を聴かせてもらいました。

 水戸駅の近くのホテルに泊まり・・・お坊さんと尼さんたちと懇親会

     東京でも「法話の会」が・・…できるかも?



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25日は大阪に行き、人権問題として自死への差別を取り上げてくれている団体の会合へ
      様々な差別が日本にも根深くあることを強く感じ
             人間の弱さと卑しさを改めて痛感

    当事者の発表と支援者の発表
      支援している人たちのやさしさに 感動した一日
   大阪に泊まって
     26日帰宅




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   27日は
子供を亡くした親の集い「つむぎの会」仙台

     28日は「遺族の茶話会」

    自死遺族の参加も多い


  明日は自死遺族だけの「わかちあい」の集い
                藍の会

     遺族だけでの集う時間を大切にしたいと思っている

    法的な相談等々はもちろん専門家と連携

      宗教的な支えには宗教家と連携

             区別して
    それぞれに 時間も場所も違うことが大切

          かなしいことは病気ではない

          だから 「悲しみ」を語るとき  医療の専門家は必要ない

     同じ苦しみ
        同じ悲しみ
おなじ悩み  同じさみしさ  同じ・・・

  体験が同じような人の話を聞き  自分も話しながら

      その中で  同じ体験をした遺族が生きてきたことを知る

         自分の生き方を自分で見つける

  悲しみを抱えたままで生きる方法を・・・・

       健一が逝き もうすぐ10年

      過ぎてみればあっという間の10年

       過ぎるまでの10年の1日1日は長かった       

今も
   時々 なぜ健一がいないのか 不思議な感覚に陥る

           込み上げる悲しみに 涙があふれることだって・・・ある

      揺れ動くこころ  

         子供が逝き 親として それがあたりまえ

           と思う

        31日は「自死遺族等権利保護研究会」東京に行く
  
  賃貸物件や保険、健康保険・等の 差別と偏見の問題を話し合う

      36回目?

     支払う前に相談を!!と願っている

 かなしい気持ちを逆なでするような  請求がくる
      
         理不尽な請求

故意の死という考え  心理的瑕疵 という考え

     自死への差別は法の中にもあり  社会の中には数多くの差別と偏見がある

            誰もが自死遺族になるかも・・・・
それが今の日本という国
       
    いじめもパワハラも  学校も職場も
     労働も 介護も
精神医療も
    福祉も   当事者を見ていない




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