自死への差別と偏見

blueberry[1]

   10年前の今頃
       健一は生きていた

  今はいない

 いつもいつも 頭から離れない

        いまも「お!」と帰ってきても不思議ではない・・と思っている

   自死への差別や偏見があると知ったのは 活動をしてから

     自死遺族への偏見や差別も 想像を絶するものだった

   「自死遺族とは 知識のない人たち」
    「自死は低階層の人に起こる」
「自死遺族の48・6パーセントは精神疾患者である」
    「自死遺族は 文字も読めないひとたち」
「案内の文章も読めない人たち」
    「自死は遺伝的要素がある」
「自死者は浮かばれない」
   「自死者の葬儀は しない」
「他の遺族と連絡してはいけない」
 「遺族同士で集まるのは危険である」
   「きちがい」
       「ホームページが作れるなんて」
「燃え尽き症候群」
  「双極性障害」 「攻撃性がある」
「排他的団体」
 「訴訟女」
      「自死のことなんて気味が悪い」
「そばによるな」

    警察官の息子が自死し  頼んでも頼んでも
     誰も助けてくれないから
         仕方がなく
            遺族の会を作っただけなのに・・・

    自分が欲しいと思った集まりを作り
      民間団体として
       要望したり要請したりして声をあげただけなのに・・・

    自死への差別や偏見は
         息子への蔑み

      息子への懺悔として  自死への差別を払拭したいと思っている
        
       頑張って生きた息子
      生きたかったであろう息子

   追い込んだ社会

   追い込んだ社会に 更に蔑まれるなんて・・・

        後 20年 86歳まで・・・
             現役で活動を続け
    自死への差別と偏見のない世の中にしたい

         それが実現できたら

   自死のない社会になれる・・・

    信じてます
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