悲しみの勉強・・・

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ベランダの花

  胸が痛い

   締めつけられ・・・・・・息ができないくらい

     ふ~~~~~と 一息  
 静かに呼吸を整える

      息子が逝き こんな時をどれくらい過ごしたのだろう

        こうしてブログを書きながらも、目から涙がこぼれてくる・・・
     夫は 気がつかない
   
声は出さない・・・静かに  息子の面影を追う
     
     悲しみの説明を  悲しみを知らない人から受けたくない

     8月  複雑性悲嘆の勉強会がありご案内が来た

        遺族を前に彼女は どのように悲嘆の説明をするのだろう

     どのように悲しみを勉強しても 1回の経験には敵わない

      息子を亡くした遺族と、夫を亡くした遺族と妻を亡くした遺族の前で
  どのように悲嘆の説明をするのだろう
      普通の精神の持ち主なら おこがましくて説明などできない

     しかし 看護の専門家を自負する彼女は あえてこのテーマを選んだのだろうから
          ある意味すごいなぁ~と思う

     悲しみは看護の領域なのだろうか

      悲しみの看護って・・・・どんなことをしてくれるのかな

      10年前ならこのテーマも あきらめるが

      時代の流れについてこれていない 支援者たちが見える

         悲しみについても考え方はこの10年で変わってきた

 岡先生が 論文発表を海外でもしてくれていて

   学会でも認められてきている
      
         日本人の自死遺族の自助グループの悲しみについての考え方・・・

    自死遺族の支援・・と自負する人たちが  自死遺族の自助グループの考え方を
        学ぼうとしていないから
  ズレてしまう  ドンドンずれていく
         私たち自助グループは日々学び  日々考え
            進化している

   自死遺族の支援を語るなら
   自死遺族の自助グループの活動を知らないと 時代遅れの支援になってしまう

    多くの遺族と接する機会がないなら   多くの自死遺族と接している
      当事者団体の発言や活動や資料を読み、聞き、・・
           知ることが必要ではないのだろうか

   私も遺族の経験はあるが 私というひとりの経験でしかない

      多くの遺族とのつながりから教えられることがほとんど

     2000人の遺族とのつながりは2000の体験的知識を知ることにもなる

     そこから  必要なことを学ばせてもらっている

      要望も多くの遺族の声の集約である

       こうして 書いていても  息子がいつも頭にある
  いつも そばにいる  いつもいつも 息子を感じる

     時には笑い  静かに  やさしく
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