かなしいという感情

20120610140931.jpg

  今日は 3時半に起きた

昨日は9時には寝てしまった・・・・起きていられなかった

     仏壇にお茶とお水を供えたが・・・息子は寝坊なので(私と同じ)
        朝早いなぁ~~~ 勘弁してよ・・といっていそう

   母は笑っていそう・・・・お!めずらしいね・・と

      知らされないやさしさに 助けられていることが多い

     そっと やさしく思いやってくれる人たちがいる

        力をもらう
    
    息子が逝って10年になってしまう
    もう10年もあっていない・・・ことに 愕然とし、落ち込む
  
   しかし 落ち込んでいられない

     次から次へと  支援者の専門家という人たちが
     机上論を語る
    遺族とは・・・・・と。

遺族の前で遺族でもない人から
    遺族とは・・こんな症状があって・と  語られてもピンと来ない

    遺族の弱点だけを学ぶのが遺族支援の研修会
  遺族のできることを学ぼうとはしない

なぜなら  支援者は遺族のできないことを探して
  ここはできないですよね。。これもできないですよね・・と指摘し
     意識させ、支援をしてくれるのかと思えば・・ただ話を聞くだけ

 話を聞くだけなのに  なぜ…遺族の弱点だけを学ぶのだろうか

     学ばずに 普通にお話を聞いてくれたらいいだけなのに・・・

 また 複雑性悲嘆ということを学ぶ研修会がある

   東京に学びに行こうと思っている

 質問する予定

  複雑性悲嘆についてはよくわかりましたが
  どのように支援していけばいいのですか・・・・
       またどのような支援で回復するのですか・・と

 たぶん私も複雑性悲嘆だから
        
      しかし  講師よりもある意味で元気

       人間は・・・・しかも 
愛する家族を突然の喪った悲しみを抱えている遺族は
   多重人格のように多面性を持っている

一人でいるとき  社会と接するとき
家族といるとき  仕事をしているとき  遺族といるとき
     その時々も  その時によって変わる
   悲しくて
   しゃがみこんで泣く時・…今でもある
   歩けなくなってしまう
 突然 声をあげて泣く時がある
  家事もできないときもある
     何もしたくないときもある
    怒りに体が震えたり  食欲もない時もある
     誰とも話したくないときもある

  また
    カラオケで歌う時もある
  テレビを見て大笑いするときもある
        しあわせな人のようにふるまう時もある

   バリバリ仕事をこなす自分もいる

   どれも自分

   それがにんげん ではないのだろうか

なぜ 悲しみが続くと 複雑性悲嘆という言い方で
  遺族の悲しみを表現し、差別するのだろう
     そんなことを語っている講師は 愛する子供が死んだときどんな反応をするのでしょう
    泣かないのかな・・・
 半年で悲しみは消えて ルンルン元気になるのかな

   悲しみなんて  何?という感情になるのだろうか

      あまりにも人間を単純に考えすぎていないだろうか

     今日みたいに3時に起きて眠れない日もある
  5時までも・・・いや 
一睡もでみないときもある・・・
     人の悲しみを 区分けしようとすることは無理がある

  自分でも自分の心がわからない時があるほど心は複雑

 複雑な心が普通

悲しみは愛しさと共に

 悲しみもまた私のもの
  愛しているから悲しい  愛が消せないように悲しみもまた消せない
 深い悲しみは深い愛の証し
      かなしい 悲しい 哀しい カナシイ 愛しい
   
スポンサーサイト

コメント

非公開コメント