今年で10年

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  交通事故で高校生が3人死亡
    今年は10年め
  大々的に報道された

  追悼の碑もある
(あっても 遺族にとっては意味のないものかもしれません)
 
 その3人死亡の裏で
   事故に関連した人たちが3人死んでいる

   合計6人の人たちが死んだ事故

     関連死 は  息子・犯人の親・子供

  以前 息を吹きかけアルコール反応が関知されると
   エンジンがかからない装置を広めている 日本で活動をしている遺族が(交通事故)
     高校に行き、運動に協力してくださいとお願いをしたのですが
         断られています。
  あの事故の遺族が少しだけ協力してくれたら
  高校は動いたと思います
    
   宮城県警も動いたはずです  飲酒運転撲滅のために・・・
       国分町の駐車場は今も野放しです
飲酒運転の巣です
      その後も飲酒運転による事故は頻繁に起きています
   自分たちの家族の犠牲でたくさんだ!という気持ちで
      運動をしたら
  警察も動くはずです
 当事者運動には力があるのです
       自分の子供が死んだから 関係ない・・ではなく
    もうこんな思いはたくさん
  誰にも死んで欲しくない・・・・
  飲酒運転の撲滅を警察に訴えたら  宮城県だけでも交通事故の犠牲者は減らせるはずです

  と・・・思っていますが

    その人それぞれの生き方があると思いますので
        活動は強制できるものでもないですから・・・・
 
   交通事故で子供を亡くして
      活動をしている遺族もいます
   
  そんな人たちは
     交通事故を起こすと  目の前の人を殺すことにもなり
        自分の家族も その関係者も死ぬこともあり・・・
       だから ひとつの事故でもたくさんの犠牲者がうまれます
         交通事故は悲惨なことです
    だから 事故を起こしてはダメ・・・
という運動に私の息子のことも活かしてくれています

    そして

   悲しみは精神薬では回復しません
       悲しみは精神病ではないので 
  薬で治るというものではありません

      愛しているから悲しい

  愛する人の死だから悲しい  深く愛しているから深く悲しい

 愛しい と書いて  かなしい と読むのです

     愛しいとかなしいは同じなのです

  そんなことを伝えたくて  大学の教授とつながりを持って
     活動してきました



ずいぶん前ですが
     私のところに あの事故の犯人の親族から連絡があり
         親と子供の死を告げられました
  
      言葉が見つかりませんでした

  だから 犯人が控訴した時  怒りを覚えました
      罰を受けるべきだと・・・
親も子供も死んでも
   自分の弁護をするのか・・と
       

   時々おもいます
     わたしには 悲しみがないように見えるのかな・・・と

      かなしいから  

私のようなかなしみは誰にも 味わわせたくないからこそ
     活動をしているんです

    美容院に行くことさえも8年以上できませんでした

     
  

    
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