戒めとしてのエッセイ  

6781[1]
人間の深さ

 岡知史氏のエッセイからの抜粋

社会福祉学科では4年生になると実習がある

その時彼らに「施設で器用にふるまえなくても、繁雑な福祉制度をすぐに暗記できなくても
 悩む必要はない。それは後から時間をかけて学べばいい。それよりももっと大事なことは
   実習を通して自分の人生観や人間観、死生観を深めることだ」と繰り返し言っている

人間にはそれぞれ深さがある。

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大事なことは、福祉にかかわる者は
 この人間の深さが人間の外面的なこと、
たとえば職業であるとか、年齢だとか、学歴だとか、
そういったものとは、おそらくいっさい関係がないということを忘れないことだと思う

「何を基準に深い、浅いと言っているのか」
   と 学生に言われこんな話をした。

ひとりの女子学生が養護施設に実習に行った
彼女は施設で何を学びたいのかと聞かれて
   「両親がいないことによって、子供の心がどのように歪んでいるのか知りたい」 と。


そんな彼女が子供から受け入れられるはずがなかった 
 彼女は施設の中で孤立し、さびしい日々が続いた。

それを見たひとりの小学生が、親しい保母さんにこういったという
「私は、あのお姉さんに話しかけてあげたい、さびしそうだから」

    その子は、どのような旅路の後に、この施設にやってきたのだろう
孤独な実習生の姿が以前の自分自身と重なって見えたのだろうか

  小学生の女の子は内気な性格のために実習生になかなか勇気が出てこない
  しかし、慕っている保母さんに相談した後思い切って話しかけることにした。

やっとの思いで声をかけると、その子は保母さんにそのことを嬉しそうに話したそうだ。

  保母さんはにっこり笑って私にこの話をした。

私は、まだ見たことのないその少女のやさしさに心が揺れ動いた。

なんという子だろう!

少女に声をかけられた実習生は得意気に私に報告した
「先生、やっと子供たちがなついてくれるようになりました」
  と一言だけ言ったのだ。

これ以上何を言えるだろう
小学生の、
家庭に恵まれなかった子供が、大学生の彼女よりもずっと深くまで見つめていたなんて
                  、今の彼女に信じられるだろうか
「でも大学生はみんな20年くらい生きてきて同じ量だけ体験を積んできているのだから、
            深さに差はないでしょう」 と 学生は言う

いや、そんなのじゃないのだ

 人間の深さというのは。


20代の若さで倒れながら人生のすべての悲しみと喜びを唄った詩人がいたではないか

 20年生きてきたから10年生きた人の2倍の経験をしたなんて
   そんなこと言えるはずがないじゃないか


大学生が「歪んだ心」を子供たちの中に見つけようとして
  トゲのような視線を振り回していた時
ひとりの子供は「大きなお姉さん」を助けてあげたいと悩んでいた

私たちは、このような小さな魂に救われているのだ
   このように顧みられないやさしさに。
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コメント

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すみません。
そのエッセイのタイトルはなんていうのでしょうか?
読みたいです。

Re: タイトルなし

ブログにも何度も書いています
上智大学・岡知史教授の「知らされない愛について」
           「ほん少しの神に近い部分」

 という  大阪ボランティア協会が出版しているエッセイ集

 

ありがとうございます。
福祉系の学校多いけど、どうなんだろう?と感じることあります。
実習先の選んだ理由、そのままの言葉だとしたら、受け入れてくれたところがその学生に、文字だけでない学びをさせてあげたいと思ったんだろうな、と感じました。
それでないと失礼だけど、学校側もそんな理由で実習に出せないと思います。
その学生の将来に期待してでしょうね~
人間の深さは、学歴や障害のあるなしでないと、常に感じさせられることあります。
自分はどうなのかを他者の目を通してしか見れないけど、戒めとしないと・・・・