市民運動





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精神医療被害連絡会の中川さんのブログから・・・

日本における地域精神衛生-WHOへの報告
1967年より1968年2月に至る3か月の顧問活動
デビット・H・クラーク
引用は、犯罪と精神医療(野田正彰著)から

この古い報告書には、当時の日本の精神医療の問題点が数多く指摘されている。
50年も前の報告書であるにも関わらず、その多くが何も変わっていないことに愕然とする。

内容はてんこ盛りで、追って紹介したいと思うが、
今日は、当時の厚労省が求めた日本で地域精神保健対策がうまくいかない理由に対する
デビット・H・クラークの答えを取り上げたい。

日本の状況と英国やアメリカ合衆国の状況との違いで目立つ相違は。精神衛生に貢献する素人の団体がわずかしか発達してきていない点である。これはこの国の社会構造の基本的な差によるものだと筆者は言われてきた。
英国やアメリカ合衆国では、ほとんどが全ての社会的発達-種々のサービス、諸施設、新しい法律等-に対して、数十年にわたる関心の高い活発な素人の団体の宣伝、討議や実験が先行して進んできた。こうした人々はのろのろしている専門家の尻を叩き、同じような心の悩みをもつ人々を組織し、圧力団体となって法律を改めさせ、サービスを提供し施設等を立てた・・・・・

つまり、欧米での地域精神保健の改革は、まず市民主導で行われたということだ。
それも、その活動は専門家の役に立つものであったと評価されている。

さらに、もう一つの理由として、社会精神医学が発達していないことも指摘している。

専門家たちに社会精神医学が理解できないなら、いくら市民が頑張っても何も変わらない。
何しろ、現在のメンタルヘルスのあり方そのものが改善すべき社会病理そのものであるからだ。

ただ、この欧米の歴史から、市民活動先行が王道であることには確信が持てた。
結局、これしかない。彼らは自分では変われない。
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