法話の集い

miyamakaidou[1]

 7月の法話の会は2月の開催と同じ尼崎市の法輪寺
   
 仙台の法話の会のお寺さんが浄土宗  そのご縁で広がっている集い

    尼崎市も葛城市も  参加してくださっているお寺さんも浄土宗

        志を同じくする仲間たち・・・…お坊さんたち

      これから 茨城県で開催予定のお寺さんも 浄土宗です

      慈恩寺さんという仙台のお寺さんが種を撒いてくださったのが…
                          今芽が出始めてきたのです  感謝です

   浄土宗のこだわっているわけではないのですが ・・・・・・・

    息子を亡くして 苦しくて悲しくて仙台市内を歩いて 
     自分の話を聞いてくれる場所を求めていたころ

    お寺の掲示板(正式にはなんというのかわかりませんが)に
       慈恩寺さんが 
なんでもご相談くださいと(今も掲示しています)いう紙が貼ってあり
   お寺をのぞき・・・・電話をかけたことがあります
 ご住職は留守でしたが 奥さんの対応がよくて・・・・
{あ!いつでも相談できる場所がある・・・」と  電話番号を携帯に登録して
         お守りのようにしていました。
    会の活動を始めて・…慈恩寺さんから声をかけてもらったときは 
     不思議なご縁に驚きました

     藍の会では
           曹洞宗のお坊さんの講演を2回  
     神父さんと牧師さん
               我が家のお寺さんの住職の講演
      
        と 開催しているので  特別に浄土宗に拘ったわけではないのですが

        法話の会を求めたとき 
      想いが一致したのが 浄土宗のお寺さんだったのです

   お寺さんでの開催なので   自死に限らず
          遺族ならだれでも・・・・・

    市民全員が遺族なので・・…誰でもが参加できる場所・…ということになりますが

     市民ではなく 遺族という言い方をしているのは 

     亡き人を想う気持ちを持って参加する・・…人という意味を込めています

      亡き人を慈しみ亡き人とのつながりを感じる心・・を「遺族」ということで表現

        生も平等   死も平等

  死に方で差別はないことの思いを共有する場所

          仏さまは慈悲深い存在

        仏様は差別はなさらない   蔑んだりするのは人間だけ

            深い仏教の教えはわからないが

     普通に単純に考えたら

       仏様は無限の愛を持ち、全ても生き物に慈しみを注がれている・・・存在

          仏様の前で・・・・・・・無心に願う心が持てる時間


         凡人の煩悩あふれる私には大切な時間です
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