愛と悲しみとケア

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自死や自死遺族

   自死の予防や防止
     自死遺族の心のケア
            ということが言われているが
      
   そもそも愛する家族を亡くした悲しみ

   その「悲しいというこころのケア」などできるわけがない

     精神科医は「遺族の悲しみの専門家」ではないし
     「悲しみ」は精神病ではないから 精神病院に行く必要もない
    
精神科は「悩み」や「悲しみ」を解決できない
      病院というものは  そもそも病気だから行く場所

   悲しみという病気はない

  しかも 原因がある悲しみである

    何も原因がないのに 毎日悲しい・・というなら病気かもしれないが

      愛する家族が亡くなった・・・から・・悲しい

   というのは人間なら普通のこと

  むしろ  悲しくない人が病んでいる・・・・

     愛する人との死という別れ
               その悲しみを  どのように支援してくれるのだろうか

      支援者いわく・・・ただただ聞くだけ・・・

     ただし  自死遺族は他の遺族と違い

     暴れたり叫んだり・・…・異常な行動をとるから
   訓練を受けたファシリティーターが必要だ…と支援者はいう

      訓練を受けた人たちを知っているが

       違和感がある

        悲しみという括りで学ぶのだろうが

   悲しみはひとりひとり違う

      100人の遺族がいれば100通りの悲しみがある

   学んだ悲しみを持つ遺族はそこにはいない

   そして 人の悲しみを支援しようなんて おこがましいこと

 神様や仏様でも難しいことなのに

  人間が人間の究極の悲しみを救えるのか・・・

     救えない

    その謙虚さがあれば・・・まだいい
   謙虚さの欠片もない人たちが  悲しい人の心のケアなんて・・・・

       自分は神様や仏様を超えた存在とでも思っているのでしょうか

精神科医には行く必要はない
   病気ではないから
       支援者という人のケアを受けても…ただ聞くだけ
            しかも聞いたふり
     ほとけさまやかみさま を  冒涜するような心の持ち主の人たちに
       何ができるのか・・・

    宗教者は自分ではなく  神によって救われると伝える役目
                   仏の教えを伝えそれを信じることで救われると説く
        宗教者 が  救ったり癒したりするのではない

     それを悟っていない人は  神様や仏様をその人自身が信じていない人

         悲しみをケアできる人なんていない

    いるとしたらその悲しみを抱えている本人だけ

      その人とその人の愛する亡くなった人との間に 
 その人と亡くなった人との悲しみがあるのだから

          その「愛」と「悲しみ」には 誰も入れないし入っててはいけない
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私も自死遺族です
私が大学生の時、50歳の父が亡くなり、そのあと私たち家族は誰にも言えない悲しむ苦しみ周囲の偏見でさらに傷つきました。この悲しみ痛みは誰にもわかってもらえない、もうこれ以上辛い想いをしたくない、だから理解してもらおうなんて期待はやめました。
私は幼少期から父親っ子で誰よりもお父さんが大好きでした。今も大好きです。あれから12年。母はうつ病が治らないまま。私と妹は結婚が怖くて恋愛にも消極的です。旦那さんが死んだらどうしようとか、子供が出来たとき、お父さんの死を乗り越えられない私ではろくな母親になれないのではとおもったり、
そんな私がある人の誘いである会に参加しました。そこは田中さんのような自死遺族ではなく、いわゆるボランティアの支援者が主催する会でした。どこかで私は、内心、どうせこの方たちは単なる世話好きな方、どうせ私の気持ちなんてわかるはずもない、この痛みを体験した事もない人にわかられてたまるかというように、自分の中で壁を作ってました。でもその場所にいた方は、まさしくただいるだけ、ただ聞いてるだけなのに、私が今まだ出会った事のない、心のぬくもりを感じました。自死遺族でもない方が私たちの事に心を寄せてくださるその気持ちが私はとてもうれしかったです。

支援とか、悲しみのケアなんて表現は私も違和感を感じますが、自死遺族でもないのに、私たちみたいな人の事を思ってくれる人がいるのは私はうれしいです。

私のお父さんはオフコース、小田和正の大ファンでした。以前、田中さんのブログかなんだか忘れましたが、好きな音楽か何かで小田さんの名前をみつけとても親近感がありました。

私のお父さんは一生懸命家族のために生きました。なんで死んだのかは今もわかりません。あれこれ考えたけどわかりませんでした。わたしがわがまま言って困らせていたのかもしれません。
きっとお父さんは天国から私たち家族を見守ってくれてると、私は信じたい。天国なんてないかもしれないしお父さんの本当の気持ちは永遠にわからないし、私はどうしようもない時、リスカやodしてしまう弱い人間だけど、私は一生、お父さんが一番大好き。このまま結婚できなかったとしても構わない。いまはお父さんに愛された事実が私の人生の宝物。

田中さんの息子さんも、きっと天国から大好きなお母さんを見守ってくれてると思います。

自死遺族のために一生懸命な田中さんを尊敬します。
支援者と呼ばれる人たちも、偏見のメガネをはずせば、田中さんや私たちの味方になってくれる人たちかもしれない。若輩者が生意気書いてごめんなさい。
田中さんの事、応援してます。