平成18年 いじめ


hanazukan200809mukugebig[1]


公開コメントです

言葉も想いも通じてらっしゃらないようなので
これて最後のコメントとします

学校名は、検索せずとも、自分がブログ記事上げたり、写真タイトルからワードで一覧表示されます
一覧表示され目に入った記事内容に否定的なコメントを入れただけで
それを一様に『削除したい・隠したい』のだと解釈する事自体すでに偏見に凝り固まっているのではありませんか?
私は記事に対して、削除して欲しいとも学校名をふせて欲しいともコメントしてないはずです

私が言いたかったのは裁判記録に細かく目を通しているだの裁判にも傍聴に赴いているだの以前の話です

貴女が『許せない』と表現した学校の
今の姿を知っているのですか?と聞きたかったのです
どんな取り組みをし、どんな活動を取り入れ、どんな努力をしているか知っているのですか?と聞きたかったのです

当時の生徒、当時の教諭、教育関係機関への批判や憤りは存分にぶつけていただいてかまいません
ただ、貴女記事は
遺族側の気持ちばかり正しいと論じ

『今』の生徒達や関係者への配慮が一切ないと言いたかっただけです

是は是、非は非と認め、日々懸命に学び
同じような事がおこらぬよう細やかな活動をしている
『今を生きる子どもたち』
を貴女は蔑ろにしていると言いたかっただけです
「あぁ!イジメで生徒が学校で自殺した高校ね!知ってる知ってる」
「親が裁判してて、先生達が隠蔽工作してる学校でしょ?」

幾多の場所で幾度となく生徒達が曝された言葉です

『今』の子ども達は、卒業してからも母校に付きまとうこの足枷をしたまま社会に出るのです

都合のよい時だけ
遺族を『そっとしておいて』と言うのであれば
今現在そこに席をおき活動している人間を蔑ろにした批判は控えるべきです
当時の教諭も生徒も在籍していないんですよ?
ただただ学校名だけが残り、当事者ではないのに
何かあれば、あたかも今の教諭や子ども達が悪いように批判に晒される
私達は『そっとしておいて』なんて言えないんですよ?

そこまで考えが及んでの記事とは到底思えなかった故のコメントです

不快であれば削除していただいてかまいません



  山形はいじめ自死が多い地域です
    青森もですが・・・

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コメント

非公開コメント

田中幸子さんのブログへの公開コメントですのに、
部外者が割り込むようで、
すみません。

にゃおさんの公開コメント読んで、
今現在学校はその問題をどうとらえ、
どのように活かしているのか、
気になりました。

時間の流れで忘却
ということは、いろんな場面でおきることです。
でも、今現在も学校は取り組んでいるとのことですよね。

ならばそれを具体的に書かれ、
そのうえで現在在学中の生徒の一保護者として、
こう思います、
と、あればわかりやすいのじゃないかと思いました。

個人的には、にゃおさんが身近でおきたいじめ自死に対し、
子どもさんを持たれているおやごさんとして、
どのような問題意識持たれたか、
変化あったかをお話くださると、
ありがたいと思います。

よく知らないのに、と憤慨されたら
ごめんなさい。

私も一遺族としての発言であって、
興味本意だけではないことだけは、
どうぞお汲み取りください。

田中様
場所をお借りします

まず、授業形態が通常の高校とはシステムが違う事をご理解ください
年間、四学期制で
一年次は一般教養をクラス毎に授業を受けますが
それ以外に各進路によって選択授業があり
科目によっては一年生でも二年生・三年生との混合授業になる場合も多くあります
全て単位制で三年間各自個別にカリキュラムが組み上がるとお考えください
(もちろん一年次に保護者を交えた徹底した進路ガイダンスが行われます)
さて、件の取り組みについてですが
授業としては『命耕す授業』というものがあります
近隣地域の皆様のご協力を仰ぎ、企業・福祉施設・公共機関・農業一般家庭など多機に渡る職種・世代の外部講師講話・校外学習を設け、三年間継続して命について学び考える授業が必修科目となっています
また、生徒個人毎に担任教諭との間で手帳形式のノートのやり取りが必須となっています
それ以外では、カウンセラーが養護教諭とは別に常駐し、いつでも相談が可能です
また、学期毎に学校主体とPTA主体の学校活動についてや部活・進路・イジメに関するアンケートがとられ、結果は各学期末の校報・PTA会報に記載され対策や改善策も同時に記載されます
生徒会活動の中でも、イジメや不登校を主題に据えた校内討論会や活動・結果報告を行っています
PTAは、連絡会・協議会・懇談会を通年で複数設け、活動報告はもちろん、学校側への要望や改善要求も頻繁に行われています
学校側からも、生徒の様子を随時報告してほしいとされており
担任教諭だけではなく、希望すれば学年に関わる全ての教諭陣と相談や面談が随時可能です
生徒と保護者同席しカウンセラーに相談する事も可能です
また、不登校に関してですが、教室への登校が無理なら図書室や保健室(どちらも教員が常駐)登校での可としており
生徒の様子を見ながらという態勢です
→次コメントへ

→続きとなります

高校でいえば、形に残るような活動はこんな感じですが
娘達(社会人と在学中、共に高畠高校)からの話を聞いたところ
生徒間でも、頻繁にネットや携帯で心配りをしているようでした
あくまで、娘達の同級生の話になりますので、生徒個人の資質によるところが大きいのですが
学校裏サイト的なものを発見した生徒がクラスの仲間に教え、書き込まないよう打ち合わせたり
今話題のラインでも、除け者が出ないようクラスグループを立ち上げた管理人(生徒)が気をつけたり
保護者の目の届かないところでも、子ども達なりに考え、行動しているようでした
もちろん人間ですから、性格の合う合わないからの喧嘩や好き嫌いは沢山あったようですが、娘達からイジメ的な話が出る事はありませんでした
特に長女は子供会も一緒だった同級生が中学校時代、不登校→引きこもり→自死という経験をしており
高校生になってからできた友人が不登校気味になった時、まるで介護のように学校では寄り添い、不登校時は携帯で連絡を取り合っておりました
長女からその友人について相談される事も多々ありました
残念ながらその友人は自主退学という選択をしてしまいましたが
今は社会人として立派に働いており、時折、長女のバイト先に顔を見せるそうです

そんな事もあり、娘達の世代は小・中学時代から
イジメに関して敏感に反応し、子ども同士で解決策を見出してきたように思います

→次コメントへ

→田中様ありがとうございます
最後になります
(補足、前出の長女の友人はイジメではなく、家庭不和での情緒的要因の不登校です)

イジメによる自死、引きこもりからの自死が身近に起きた事について
(あくまで私個人の考えになりますので、不愉快に思われたらすいません)

いづれも、大人の出来る予防策や対策は限界があると思っています
さらに言えば、事象が起きたからと言って、性急に対策を講じてもすぐ効果はないと思っています

実際、頭では、理解していても
気持ちの中では他人ごとと捉えている子どもの方が多いのではないでしょうか?
大人もまた然りです

身近に事がおきなければ
真摯に向き合い、日常的に注意を促す事はないと思います

私は、娘達が小学校の高学年頃から『鶏』の話をしてきました

「『鶏』は集団になると、集団の中で一番弱い個体をイジメるんだよ
その個体を集団から離すと残った集団の中でまた一番弱い個体を探しイジメだすんだよ
その個体を離すと次の…

でも、人間は鶏じゃないから、イジメを止める事もできるし、それが無理でも、イジメられてる友達に寄り添う事も出来る
もし、君(娘)がイジメられて、辛くて、寄り添ってくれる友達もいなかったら逃げなさい
逃げる事は負ける事でも恥ずかしい事でもない、理不尽な暴力や言葉や環境からは思いっきり逃げていいんだよ」
とずっと伝えてきました

だからこそ、件の高校生や娘の同級生の出来事はただただ悲しかったです

理不尽な暴力や言葉で傷つけられてしまうのなら逃げ出してもいい場所なのに
誰も
『逃げていいんだよ』と教えてなかったのか?
『我慢しなくていいんだよ』と伝えてなかったのか?と

→すいません、続きます

→今度こそ、最後になります

私語りになってしまいますが
私は中学の頃、部活での不和から、クラスの女子全員からシカトというイジメを受けました

喧嘩が原因とだけ言って学校をサボる私に
親はたいした理由も聞かず
『嫌なら学校は行かなくていい、勉強する場所はいくらでもある、ただ最後ぐらいは面と向かってしっかり喧嘩して来い』
と私に言いました

その時、我慢しなくていいんだ、逃げていいんだと思うようになりました
そして、私が親になった時、ゆっくり時間をかけて娘達に伝えました

その娘達が
友達に寄り添える子どもになった事を嬉しく思う半面

もっと沢山の大人が
理不尽な行いから逃げる事を認め伝えて欲しいといつも思っています

闘う事、我慢する事も必要です
でも、逃げる事も許される、逃げ出す場所が沢山ある事を伝えて欲しいと思っています

そして、同時の学校関係者やイジメていた生徒には憤りを感じていましたし、今も憤りを感じています
今の先生達や生徒達の姿を見て欲しいと思っています

本当に長くなってしまい纏まりもなく、申し訳ありません

これで、ご質問の答えになっているか分かりませんが…
少しでも、お役に立てれば幸いです

にゃおさんへ
たくさんお話してくださり、ありがとうございます。
自死問題起きた後の学校の対応がどうかについては、申し訳ないですが、よくわかりません。
不愉快に思われるでしょうが、公の考えることがずれているということよくあるからなんです。
一遺族としての個人的な意見にすぎませんが、何よりまず当事者の声をくみ取ってから事を起こして欲しい、と思っています。
にゃおさんは、今これだけの学びをしている在校生が、社会からいつまでもいじめ自死のあった学校と言われることがたまらないのかと思います。
これも個人的な思いなので、気に障ったらお許しください。
いじめ自死があったことをいつまでも記憶され、社会から言われることに立ち向かって欲しいと思うんです。
立ち向かうなんて大きなことじゃなく、それがどうだと言うんですか?私達はそのことを受けてこれこれの学びをし、そのことを次へつなげれるだけのことを学校や家庭で学びました、と言えるようになって欲しいと思いました。
まだ10代の若い人には過酷でしょうし、大人でもなかなか難しいことだと思います。
でもにゃおさんも自死に直面したことで、これだけのことを考えています、と言って欲しいと思いました。
遺族の方を直接知りませんので、うかつなことは言えませんが、どの遺族も自分たちが失くした人の死を無駄にはして欲しくないと思っているはずです。
文字ではどうしてもうまく伝わらないもどかしさは、にゃおさんも感じられていると思います。
いつまでもいじめ自死があったということだけが表に出るのではなく、そこから何を学び進んだかということを見てくれる社会であればと思ってやみません。
いじめ防止が事が起きてからではという意見もありがとうございました。
現状よくわかってない私なので、本当に申し訳ないのですが、大人も子供も社会が狭くなっていると感じます。
情報社会で多くの情報がたやすく手に入り、それだけ世界が狭くなったように感じますが、そのぶん人的なネットワークも狭くなったと感じます。
お互い様という昔普通にあった感情が、特殊なものをなっているようにも思います。
はかりが目に見える損得(言葉悪いですが、他に思いつかなくて・・・)が優先され、目に見えにくい損得がないがしろにされすぎてるのかとも思います。
にゃおさんの子供さんが、引きこもりの友人により添ったことなどもきっと目に見えない損得なのだと、思います。
他者から見ると損であるかもしれませんが、子供さんにとっては重要なことだったと思います。
そんなことが今社会的に押しやられ過ぎて、みなが生きにくい社会をみなが生きていると思ったりします。
事が起きてからの対策がなかなk効果ないというにゃおさんの意見にも通じるのは、こういう社会だからとも思います。
うまく文字にできなくてすみません。
高校の名前がいじめ自死があったというだけの言葉が歩くことは、気が重くなります。
きれいごとでしょうが、誰もが生きやすい社会であればと思ってやみません。
部外者が割り込んで、すみませんでした。
そして答えてくださって、ありがとうございました。