事実を隠すことよりも、事実を知り教訓とすることが大切


現在、在校している学生の保護者です

正直な意見を書かせて頂きます

高畠高校と一概に名前を出されるのは
現在(2015年)の在校生及び保護者からすると
迷惑以外の何物でもありません
あれから何年も経過し、面識も関係もない現在の在校生の進路に悪しき影響が及ぶ事を考えた事がありますか?

貴方のこうした記事は
現在の在校生に対するカタチをかえた偏見を煽るカタチをかえたイジメ行為となんらかわりないという認識はありますか?

批判をするのであれば当時の教諭・学校長・在学年度を正確に表記し
ことわりの文章を添付してください
にゃお #- 2015.03.01 17:22 URL[EDIT] 返信
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公開コメントにお応えします

 ご自身のお子さんの 同じ高校の先輩である
亡くなった子供へのお悔やみの言葉がないのがとても残念です

   何の面識もない・・・・ということですが

しかし現実に同じ高校で自死で亡くなっていることは事実です


裁判は4年半続いたのですが、裁判をする前から新聞や週刊誌、テレビ等々で
    校長のコメントも公開されていますし、学校名も明記されています
  結審の時も新聞には大きく掲載されています。
 全国紙にも掲載
私のブログなど問題にならないほど大きく掲載され続けてきました


      遺族は7年半 事実解明のために 学校にお願いを続けました


苛めがあったことは事実である
   という判決文でした

   いつだれがどこでどのような言葉で○○さんをいじめたということが
     立証されていない
     
       いじめられたと亡くなった本人が遺書で名前を書き、名指しで書き残しても
            生きている子供が「違う」という反論をしたら
       その「違う」ということに反論し「事実」としていえる本人が死んでいるので
    証拠としては亡くなった人の遺書よりは
生の声としての生きている子供の声が証拠としては有利になるのです

    苛めがあったことは裁判所も認めました

       自死したことも事実です


      在校生も  自分の高校の過去を知り、
         保護者も過去を知り  再発を防ぐ対策を講ずるべきではないでしょうか


 二度と繰り返さないために・・・・

  事実を隠ぺいして  誰も死んでいないことにすることが
    子供を守ることでしょうか

   自分の高校で過去にあった事件は

      隠すことではないと思います

    



   平成18年11月22日の事件です
 平成16年9月にも同じ場所からの転落死亡事件が起きていることも事実です

    ご自身の子供がかわいいように

   亡くなった子供の親にとっても かわいい子供です

  いじめという行為が繰り返すことがないように

    自分の高校の事件を 過去のものとしないで

       教訓にすることが大切ではないでしょうか

    それが教育のように思います

   
     


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コメント

非公開コメント

自戒も込めて

同じく子供を持つ親として、自分のことだけ良ければいい、都合の悪いことは見て見ぬ振りのような風潮があるなあと残念にコメントを拝見しました。
昨今の残虐な未成年の事件しかり。
目の前の我が子が大事なのは皆同じ、ひいてはその我が子のためにも広く助けあえる社会を願い、思いを馳せ、行動できる余裕が持てたらと自戒しました。

コメントを入れさせて頂いた者です

お悔やみの言葉がないとの事ですが…故生徒と同じ地域(小学校学区も同じ)に住み、弔問もし、日常的に顔を合わせる機会のある関係にあるのに、なぜ故生徒遺族でも何でもないこの場にお悔やみを表さなければならないのでしょうか?

更に言えば、御自身が当校に足を運び
事件後の学校全体での取り組みをご覧になった事はおありなのでしょうか?
その上で、私達現在の在校生や学校関係者が
『反省も改善も努力もしていない、許せない』と表現されているのなら仕方ありませんが
新聞や判決文だけで判断されて学校名を命題にし
『許せない』と記事を掲載されたのではありませんか?

新聞は事実関係・判決を伝聞しているに過ぎません
記録すべき公な事に学校名・氏名が載るのは止もうえません
ですが、一方で事件発生の年時の掲載を疎かにする事もありません

私がコメントしたのは
こちらのブログが
事件発生当時と現在の区別をせず
現在の在校生や学校関係者の取り組みも知らず
『反省や改善・努力をせず、事件は無かった事にしようとしている無責任な許せない学校だ』
のような表現だったからです

自死やイジメ、教育関係機関への意見や批判は自由です
ですが、ある程度の時間が経過した事件・事故を名指しで感情的に批判するという事は
名指しされた現在の関係者にとって社会的な大人からのイジメと同義とお心於きください

事件後の学校全体の取り組みですか・・・
まさかスクールカウンセラーを増やすとか
臨床心理士が相談室にいるとか
「専門家」を増やしたとかいうのじゃありませんよね。念のため。